第二十七話 ムト、試練に立ち向かいます

 炎や土のかたまり、見えない大気の刃が、津波のように押し寄せてくる黒いトカゲに襲いかかる。

 いくつものトカゲが黒い霧になって消える。

 それでも数百体の内の一部だけだ。

 横一列に、土ぼこりを上げ、かなりの速度で迫るトカゲ。

 外壁上から立て続けに魔法が放たれる。

 それ以外にも弓を構える人たちも準備を始める。

 さすがに弓矢じゃ数百メートルも届かないから、外壁に近づいたトカゲを倒すためなんだろう。


 防衛隊のいる辺りから大きな赤と青の光が走る。

 アラン兄妹の魔導銃だ。

 まだかなりの距離がある幻獣に対し、一発一発の威力がすごい。

 シルジン王たちもその光景を見て言葉を失ってる。

 わたしのそばにいるゴルドーも少し引きつりながらつぶやく。


「試合でアレを使われていたら……」


 死んじゃうんで、使えませんよ?

 

 さらに、フィクソアが空高く舞い上がる。

 上空10メートルほど、高速で幻獣の群れに向かう。


「あ、アヤ様、あれは?」


 シルジンが唖然あぜんとしたまま聞いてくる。


「あれは空を飛べる魔道具です」


「高速移動するだけじゃなかったのか……」


「もっと言うと」


 幻獣の群れの直上に移動したフィクソは『ドウロン』の外周に大気を回転させる。

 直後、下方に向けて放射状の電撃を放つ。

 上空から、放電の飽和攻撃って聞いた。

 いくつもの幻獣が吹き飛び霧となって消えた。

 わたしは言葉を無くしたシルジン王に向かって言った。


「あんなこともできます」


 試合前、街の外での訓練で見せられたとき、お父さんは何てモノを創ったんだと頭を抱えたけど、こうして多くの幻獣を目の当たりにすると、オリバーさんの要求も、お父さんの魔道具も、間違いなく必要なものだったと思える。


 わたしは『思石しせき』を握りしめ、防衛隊の皆に神威しんいを送る。

 その願いと想いは、白い光となってわたしにも見える。


 効果は絶大だ。

 フィクソア、アラン兄妹の攻撃の威力が跳ね上がり、たくさんの黒い霧が舞う。

 それに合わせ、黒いトカゲの数が減る。

 なんとかこのまま、黒い亀が近付く前に、トカゲを減らす!

 防衛隊が集中して聖獣と戦うために、それまでに幻獣を片付ける必要があるんだ。

 わたしは外壁上で攻撃魔法を放つ親衛隊の皆にも神威しんいを送る。


「こ、これは!」


「疲れてなんかいられねぇな!」


「アヤ様、なんと凄まじい神威しんい!……勝利を我らに!!」


 高揚する多くの声に続き、シルジン王が再び気勢を上げる。

 親衛隊の皆への神威しんいは、想いを純粋な力に変えて、要するに少しだけ元気になる程度の効果があるみたい。

 皆は気をつかって、大げさに喜んでくれる。


 そして、ゆっくりと黒い亀が近付く。

 残りの幻獣も百体を下回った。

 防衛隊の皆は、黒い亀に向かう。

 決戦だ。


「防衛隊を援護! 残りの幻獣は親衛隊の意地で止めろ! 外壁に近づかせるな!」


 シルジン王の鼓舞こぶに応える親衛隊。

 もうかなりの時間、精霊魔法を使っているはずだ。

 精霊魔法はそれぞれの魔法特性によって精霊の力を借りるけど、精神力を消耗しょうもうするそうで無尽蔵むじんぞうには使えない。

 精神力を使い果たした人は一定時間休憩が必要になる。

 精霊魔法が少なくなり、その隙を抜けてきたトカゲと、親衛隊の戦いが外壁前で始まってる。


 わたしはそれが気になり、外壁上から下を見下ろそうとするけど、シルジン王に止められる。


「アヤ様は防衛隊の援護を!」


「で、でも、どんどん幻獣が増えてる!」


 防衛隊が聖獣に向かったことで、結果、残った30体ほどの幻獣が外壁前に到達しそうだ。

 防壁上で魔法を撃ち続けていた親衛隊は、精神力を使い果たし、精霊魔法が使えない親衛隊の人が、弓矢で防衛を始めている。

 もう精霊魔法を使える人はいない。


 でも、わたしは虹色の魔法特性がある。


 練習で街の外に行った時、わたしは精霊魔法を使いたかった。

 でも、わたしが数日寝込んだのは、慣れない神威しんいを使ったせいだとオリバーさんに指摘してきされ、さらに言えば、慣れていない精霊魔法はどんな影響が出るかわからないからと、使うことを止められた。

 だから試してはいない。

 でも。


 見下ろした先に、親衛隊に襲い掛かる数体の幻獣。

 わたしは、初めて積極的な攻撃に出る。


「裂けろ!」


 藍色に輝く『思石しせき

 瞬間、数体まとめてバラバラになる幻獣。

 守ったってキリがない。

 攻撃は最大の防御。

 サッカーと同じで点を取らなければ勝てないんだ!


「おおおおおおおおおおおおおお!!」


「御使い様! アヤ様!」


「まずは、幻獣を倒しましょう! みんなもう少しだよ!」


 皆の歓声に応え、恥ずかしかったけど、大きな声を返す。


 そこからは圧倒的だった。

 わたしは大気の精霊魔法を行使こうしする。

 空気はどこまでも繋がっていて、目に見える場所の大気を操れた。

 幻獣のいる空間、その空気の層をずらすだけで幻獣は黒い霧になって消えた。

 火の精霊や水の精霊も使いたかったけど、火や水が無いと操作できないみたい。

 それに、試してる暇もない。

 幻獣の動きは速いし、一体一体集中して倒すことだけ考えた。


 そして、次の相手を探していると、肩を優しく叩かれる。


「アヤ様、お疲れ様でした……」


 疲れ切った顔で笑うシルジン王。

 そっか、幻獣は倒せた。

 なら次は!


「少しお休みください!」


 わたしが、聖獣と相対している防衛隊に視線を向けると、シルジン王が両肩を抑えてくる。


「まだ戦端せんたんは開かれていません、膠着こうちゃく状態です、アヤ様は少しお休みください。尋常じんじょうではないほど神威しんい消耗しょうもうしているはずです」


神威しんい? 精霊魔法って精神力を使うんじゃないの?」


「アヤ様は、神威しんいを変換して精霊を行使しているようです」


 そんな真剣な顔を見て、『思石しせき』を取り出してみる。

 白い光は薄く、藍色のまだら模様が揺れている。

 この光を失ったとき、神威しんいを使い果たした時、わたしはどうなっちゃうんだろう?


 過去、試練の際に多くの姫巫女は神威しんいを使い果たして死んでしまった。


「大丈夫です。個人の『思石しせき』に溜められた神威しんいを失っても死ぬことはありません。命まで使うのは、大聖堂の祈りの間にある巨大な『思石しせき』だけです」


 シルジン王はわたしの不安を察してくれたのか、そう言ってくれた。

 ホッとすると同時に、神威しんいを使い果たしたら、ウチに帰れるかどうかわからないとも思った。


 聖獣と防衛隊は睨み合っているみたいで動かない。


 わたしは用意された椅子に座り、飲み物を貰う。

 いよいよ本当の試練が始まる。

 今は少しでも回復しよう。


―――――


 太陽が沈み、夕闇が訪れ、聖都の鐘が四回鳴り響く。

 それを合図にしたかのように、黒い亀が動き出す。

 まるで、夜が自分の時間だと主張するように。


 わたしのいる外壁上から聖獣までは200メートルほどだけど、巨大だからどんな動きをしているかわかる。

 首を伸ばし、持ち上げ、正対する防衛隊に向かって、大きく開けた口のまま振り下ろす。

 最初は叩きつけようとするのかと思った。

 でも顔をピタリと止め、口の奥から黒い闇が現れる。


 そういえば、黒の魔法特性ってなんだっけ?

 ……いや、教わってない。

 でも、知ってる。

 それをわたしは知ってる。

 黒の魔道具『両手剣ペンタグラム』の力!


 丸く黒い玉が、防衛隊に向けて吐き出される。

 ゴレイラが『エスクド』を展開し、黒い玉より巨大な白い六角形の盾が現れる。

 高速で盾に触れた黒い玉は止まり四散し、無事に防げたことを確信した瞬間。

 防衛隊の五人は、大地にうつぶせに倒れ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る