第四章 ムトと試練

第二十六話 ムト、覚悟を決めます

 部屋に入って来たオリバーさんは今までで一番怖い顔をしてる。


「シルジン、もうお前も親衛隊もワタシの指示に従ってもらう。勝手な真似は許さん」


「なぜ試練の真実を御使みつかい様に伝えないのか!」


「アヤは御使みつかいではない!」


「私の目は節穴ふしあなではありません。私も王家の端くれ、白の力はそれなりに持っています。先日の試合、御使い様から神威しんいが送られているのは見ています! あの魔道具は、彼らだけではその真価しんか発揮はっきできない、違いますか?!」


 シルジンも立ち上がり、オリバーさんに負けじと声を張る。

 ふと入口を見ると、ソリアが悲しそうな顔でたたずんでる。


「アヤはワタシの大切な恩人の大切な娘さんだ、たまたま神威しんいを持つが、この世界の命運とはなんの関係も無い! お前は、この聖都の王として、自分の責務も果たさず、知らない世界にまぎれ込んだこんな小さな子に頼るのか!」


「私は! ……私は……」


「兄様!」


 ソリアが駆け込み、うなだれるシルジン王に走り寄る。


「いいのです、わたくしは全て承知しています。オリバーが危険をおかして準備をしてくれているのも全てわたくしのためなのです。なんとか結界を発動しなくて済むよう、必要な魔道具を、それを使う防衛隊を用意してくれたのです」


「最初はなシルジン、お前たちが慢心しているのだと思い、ワタシは去ろうとしたんだ。だがな、ソリアは神託しんたくで、親衛隊では対抗できないことを知った。兄を守りたい、ソリアはそう言ってワタシに頭を下げたのだ」


 オリバーさんは、ソリアが抱きかかえるシルジン王に向かい静かに話す。


「ソリスキュア、ソリア、私は、お前を……」


「ありがとう兄様、どうか二人で、防衛隊と親衛隊と、皆で乗り越えましょう」


 涙を流す二人は、ずっと抱えていたわだかまりが解けたみたいだ。

 いや、ずっとお互いのことを思い合って心配していたんだ。

 護りたくて、失いたくない存在だから。


 だからわたしは決心する。


「オリバーさん、わたしここに残る」


「ダメだ! アヤを危険にさらし、ソーイチとアユミをこれ以上心配させるわけにいかない! それに、もし結界を使用することになったら、聖都にたくわえた神威しんいを使い果たし、それこそ何年も帰れなくなるかもしれないんだ! 今しか帰るチャンスは無いんだ」


 一度帰るってことも考えたけど、その場合、オリバーさんはわたしを再びこっちには呼ばないだろうなと思った。

 試練で誰かが犠牲にでもなれば、わたしが気にするから、ひょっとしたら、もう二度と界を渡って来ないかもしれない。


 それに、不思議だけど、試練がすぐそこに迫っていることもなんとなく理解してるんだ。


 もちろん不安はある。

 試練そのものもそうだし、オリバーさんが今言った、神威充填しんいじゅうてんのために必要な元々の神威しんいが無限じゃないということ。


「でもいつかはまた溜まるんでしょ? それに結界なんか使わなきゃいいんでしょ? そのための魔道具なんでしょ? お父さんとお母さんだって、こんな状況でわたしが帰ったら、喜んでくれるかもしれないけど、みんなの無事がわからないなら、わたしずっと後悔する! きっとずっと笑えないまま生きることになるんだよ!」


 自分がこんな大きな声を、自分よりはるかに年配な人に向かって言えるなんて思いもしなかった。

 でも、勢いでも同情でもない、これがわたしの意志なんだ!


「それに、お父さんとお母さんの魔道具が、こっちの世界でも一番だってこと、わたしに見届けさせて!」


 オリバーさんは辛そうな表情でわたしを見る。

 わたしも彼の金色の瞳から目をらさない。


「……戦闘はさせない、あくまで後方から、皆の支援だけだ。シルジン! アヤを絶対に守れ!」


 オリバーさんはそう言って控室から出て行った。

 静かな部屋の中、誰もが困ったような顔をしていた。

 準備は最高の形で整ったけど、わたしを巻き込んでしまったという後悔を感じているみたいだ。


「さ、そういうわけで、あらためてよろしくね、ソリア」


 だからわたしが笑おう。

 皆が少しでも楽になれるように。

 わたしに飛び込んできて泣きじゃくるソリアの頭をで続ける。


 そしてごめん、お父さんお母さん。

 怒られるかもしれないけど、でもわたしは胸を張ってこっちで試練を迎えるよ。

 二人の創った魔道具と一緒に。


―――――


 オリバーさんの予想通り、二日後の満月の日。

 そのお昼前、試練が始まった。

 前回、60年前の試練を体験した聖都の民は少なかったが、口伝くでんとして残った聖獣の姿は、白い獅子のような獣だったそうだ。

 西からやってきたその聖獣は、人の五倍ほどの大きさで、かたわらには同じような姿の白狼はくろうが無数に存在していたと言う。


 結論から言って、シルジン王から教えられたそんな情報は役に立たなかった。


 今回の試練は、北の山から訪れる黒い亀のような姿をした聖獣だった。

 全長は10メートル、大きすぎて、聖都を守る外壁の上から見ても遠近感が狂うほどだ。


「黒いトカゲのような幻獣が多数、随伴ずいはんしています」


 偵察をして報告をする親衛隊員の報告を聞く。


「幻獣って?」


 わたしはシルジン王に聞く。


「聖獣と共に現れる小型の獣です。倒すと霧になって消える存在なので、実体化の精霊魔法と考えられています」


 ここ、外壁上の司令本部にはシルジン王を初めとする親衛隊の本体と、多くの警備隊がいる。

 街を囲む外壁の厚みは10メートルを越え、高さも5メートル以上あるので、デパートの屋上駐車場みたいだ。

 

 壁の外、草原地帯には防衛隊の五人と、20人ほどの親衛隊の精鋭が配置している。

 ゴレイラが先頭で、アラン兄妹とフィクソアがその後ろに並び、その後ろにピヴォ。

 1―3―1のフォーメーションだ。


 オリバーとソリアは大聖堂地下の祈りの間に待機してる。

 状況に応じて、外壁外部の結界を起動するそうだ。

 エネルギーは聖都が溜めこんだ神威しんいを使い、起動する願いの力は、姫巫女の神威しんいを使う。

 起動の神威しんいを使い続けると、やがて生命力も使ってしまう。

 だから、結界を使わせないように、使ったとしてもソリアが自分の神威しんいを使い過ぎないようにする必要がある。


「最悪、聖都を失っても、ソリアを守る」


 オリバーさんはそう言ってくれた。

 そのためにソリアの元にいる。

 そして、聖都を失うということは、わたしが帰るための神威しんいを溜めることができなくなるということ。


 わたしはそれでもいいと言った。

 ソリアが犠牲になるよりはずっといい。


「来たぞ!」


 シルジン王の声に、外壁上に構えた親衛隊が、魔道具の鉄棒をかかげる。

 後方から長距離の精霊魔法を使い、まずは幻獣を減らす。


 視線の先、遠い森から黒く無数の点が接近するのが見える。

 黒いトカゲ。

 そしてその後ろから、森の木々をなぎ倒しながら、ゆっくりと大きな亀が現れる。

 まるで小山のようだ。

 その現実感のない光景に、わたしは恐怖を感じる。

 慌てて胸元の『思石しせき』を握り、左腕のベルトに付けた『セイウチの心臓』に意識を集中する。


 わたしの不安は意外と大きかったみたいで、落ち着くための効果も絶大だった。


「あ、あれ? なんだか体が軽い?」


「お、おう! みなぎってきた!」


 どうやら周りのみんなへも落ち着きをおすそ分けしたみたい。


「アヤ様、助勢じょせい、感謝する!」


 シルジン王もわたしを振り返りニヤリと笑った。


「皆の者聞け! 我らにはムトゥ神の御使みつかいであるアヤ様がいる! 無尽むじんの力をいただいている! 時は来た! おくするな、勝利は我らの手に! 試練を越えろ!」


「応っっっ!!!」


 大勢の声と共に、外壁上から一斉に攻撃の魔法が放たれた。

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