第二十五話 ムト、シルジンに謁見します

 試合に勝利した防衛隊の皆と、三層の本拠地で祝勝会をした後、ソリアと一緒に最上層の居室きょしつに戻る。

 

「楽しかったね」


 手をつないで螺旋階段を昇るソリアはご機嫌だ。


「……うん」


 祝勝会の最後、オリバーさんが皆に言った。


「聖獣の気が満ちている。各自、準備をしておけ」と。


 何故という問いには、何度も経験しているからなと笑いを返すだけだった。

 そしてその後続けて言った。


「アヤは明日、帰る」と。


 皆は、一瞬静かになってから、口々に、楽しかった、とか、また会おう、とか優しくお別れを言ってくれた。

 わたしは、この十日間、ずっと帰りたくて、それがやっとかなうのに、なんでこんなに、嬉しくないんだろう。

 

 わかってる。

 皆はこれから試練にのぞむ代表者になった。

 つまり、実際に聖獣と戦って、聖都を守らなきゃならない。

 嫌だから、怖いからって逃げ出すことはできないんだ。

 わたしみたいに、他の世界から来た人とは違うんだ。


 そんなみんなと、両親が創った魔道具を置いて帰ろうとしてる、わたしはソリアの手をぎゅっと握る。

 彼女も何も言わず握り返してくれる。

 わたしたちはお互いを見ないけど、なぜだかお互いが涙をこぼしているのがわかった。


 二人でお風呂に入り、一緒に寝た。

 最後の夜は、あまりしゃべることもなく、お互いの温もりを忘れないように、静かに眠りについた。


―――――


 朝食後、部屋に伝令が来た。

 カリアムさんがソリアに伝えた内容は、シルジン王がわたしに挨拶をしたいという話だった。


「正直、お断りしてもいいと思います。アヤは午後には帰るのですから」


 昨夜、珍しくお酒を飲んだというオリバーさんは、お昼過ぎに迎えに来ると言った。

 それまでは自由時間で、午前中は防衛隊の皆にお別れを言うつもりだった。


「でも、アランエスケルも一緒なんでしょ? 最後くらいソリアのお兄さんとして挨拶するよ。わたしはさ、いきなり現れた怪しいヤツなんだもん。それくらいはしないとね」


 シルジン王というより、アラン妹を気に入ったゴルドーさんが、アラン妹に伝えたいことがあるというのが本音みたい。

 ただ、18歳とはいえ女の子一人よりは、御使みつかいであるわたしも含め、ねぎらいたい、ということらしい。

 正直、一度はシルジン王としっかり話はしたかった。


「ならばわたくしも同席させるべきよ」


「それだと皆が心配するでしょ? 昨日の仕返しかと思われちゃう。それに控室って、すぐそこじゃない」


 親衛隊がオリバーの傘下に入り、共に試練に立ち向かうと決まり、ソリアがシルジン王たちに禁止していた移動制限も解除した。

 シルジン王が指定した場所は、謁見えっけんの間の隣にある控室だ。

 なんでも、ムトゥ教関係の偉い人たちを持て成す応接室になってるみたい。


 指定の九時が過ぎ「廊下にいますから何かあったら呼んでください」というソリアを残し、恐る恐るやってきたアランエスケルと共に控室に入る。


「アヤ様は私がお守りします!」


 そんな気合の入ったアラン妹と入室した控室の中には、ソリアの部屋より豪華なソファがあり、シルジン王とゴルドーが座ってた。

 

「お座りください」


 静かなシルジン王の声。

 17歳とは思えないほどの落ち着いた声に、昨日まで見ていた男と同一人物に思えなかった。

 わたしとアランエスケルが彼らの対面に座ると、見知らぬ男性がお茶をれてくれる。

 シルジン王とゴルドーはお茶を一口飲んで、ゴルドーが口を開く。


「昨日は素晴らしい試合でした。代表としてあなたをお呼びしましたが、五人全員が素晴らしい戦いを見せてくれました」


「いえ、恐縮です!」


 固くなってるアラン妹が高い声を上げる。

 祝勝会でも言ってたっけ、聖都で剣を学ぶ人にとって、ゴルドーは英雄だって。

 しばらく、ゴルドーが試合結果を説明したり、解説したりする。

 あれ、わたし何のために呼ばれたんだろう?

 シルジン王は静かな顔で二人の話を聞き、たまにゆっくりお茶を飲む。


「そうだ、アランエスケル、あなたの剣のくせで気になるところがあったのだ。少し指南しなんしても構わないだろうか?」


「こ、光栄こうえいであります!」


 剣術を口で説明するのが面倒とばかりに、ソファを立ち、空いた場所で動きの確認を始める二人を見てると、ふいにシルジン王の声が聞こえる。


「アヤ様、いや、御使みつかい様、どうかソリスキュアを守ってくれないか」


 視線を向けると、彼は真剣な目でわたしを見てる。


「……守る? ソリアを?」


「あなたは試練についてどれだけのことを聞いていますか? 過去、なにがあったか、そしてその度にどれだけの犠牲があったのか、知っていますか?」


 前回の資料も無くて、オリバーさんの言葉も聞かず、シルジン王が独自の親衛隊で聖獣に立ち向かう。そんな理解を話す。


「やはりオリバーは、あなたに何も伝えていない……」


 シルジン王はそう言って目をせる。


「あの、どういうことですか? オリバーと防衛隊なら試練を越えられるって、神様が言ったんですよね?」


「それによって失われる存在の話が抜けているのです、さらには、あなたも元の世界に戻ると聞きました。つまり、御使みつかい様もける」


 シルジン王は離れた場所で鍛練している二人をながめながら答える。

 二人には、わたしたちの話は聞こえてない。


「なにが、失われるのですか?」


 嫌な予感が止まらない。


「前回の資料は存在していました。父も、母も、私も知っています。ソリスキュアだけが知りません。そこに書かれていた歴史には、姫巫女ひめみこの宿命が書かれていたからです。命をけて聖都を守った歴代の姫巫女ひめみこの話が」


 これが彼の本当の姿なのか、オレとも言わず、とても落ち着いた声で話す。

 だからこそ、その話の内容が心に響く。


「命をけた?」


「大聖堂の地下、祈りの間には巨大な『思石しせき』があり、神威しんいを使い聖都の外壁に結界を張ることができます。試練の度に姫巫女ひめみこはその力の全て、命そのものを使い、聖都を守ってきたのです」


 わたしは試練の話の度に、悲しそうな顔をするソリアの顔を思い浮かべる。

 彼女は知っているんじゃないだろうか?

 でも、わたしに言えない理由は、わたしが気にして帰れなくなるから?


「で、でも、聖獣を街の外で倒せれば、聖都の結界も必要ないんですよね?」


「かつての資料に、姫巫女ひめみこが無事だった記載は無いのです。常に結界は張られ、聖都は半壊はんかいし、また60年かけて復興ふっこうする。そして、今回は300年毎の大試練の年……。御使みつかい様、私は3歳のとき、死にゆく母に頼まれたのです。妹を守って、と。それから14年、父と共に親衛隊を育てあげましたが、結果はごらんの通り。妹は姫巫女ひめみこに成り、神託しんたくの通りに事は進んでいます」


 うつむいたシルジン王は涙声で続ける。


「オリバーは、それを知っている。だから勝ちたかった……勝って、ソリスキュアに力を使わせないようにしたかった、でも勝てなかったんだ! だから、頼む! あなたの力を、御使みつかい様! どうかソリスキュアを、妹を助けてください……」


 テーブルの上に両手を付き、泣きながらわたしに頭を下げるシルジン王。

 彼は、王としての責務せきむより、聖都を守ることより、ただ妹を死なせたくなかったんだ。


 ゴルドーとアランエスケルも呆然あぜんとしてこちらを見てる。

 わたしは……。


「なにをしている!」


 大きな声と共に、ノックもせず控室に飛び込んできたのはオリバーさんだった。

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