第二十四話 ムト、試合に臨みます

 武道場は小さな陸上競技場みたい。

 わたしは、オリバーさんとソリアに挟まれて、観客席にある個室になっている特等席から試合会場を見下ろしてる。

 千人ほど入れるという観客席はすでに満席で、多くの人たちが期待にあふれた表情をしてる。


 シルジン王を初めとする親衛隊の五人は、朱色を基調とした軽鎧けいがいといった装備で、以前見た鉄棒のような魔道具を持ってる。

 それぞれの魔法適正に合わせ、精霊魔法と直接攻撃ができる武器なんだそうだ。

 対する我が防衛隊のメンバーは、青を基調とした同様の軽鎧けいがい

 ただ、持っている武器はばらばらだ。

 フィクソアはまだ『ドウロン』を着けていない。


 審判による説明が終わり、ゴレイラと相手の一人が残る。

 相手はゴレイラより大柄な男、鉄棒を軽々と振り回してる。

 わたしは『思石しせき』に想いを込める。


「始め!」


 瞬間、親衛隊はゴレイラに飛び込み、棒を振るう。

 ゴレイラはその場から動かず『エスクド』の白い盾を展開する。

 バゥゥゥゥン!

 というにぶい音と共に鉄棒ははじかれ、親衛隊はる。

 もし、ゴレイラが剣でも持ってたら試合はここで終わってたかもしれない。

 でも、ゴレイラは動かない。

 まるで、もっと攻めて来いと挑発してるみたいだ。

 親衛隊は、驚きと怒りの顔で再び攻撃を、今度は突きを繰り出す。

 しかも、鉄棒の先端は赤熱せきねつしてる。

 一点集中で白い盾を貫こうとしてる。

 ゴレイラは半歩横に移動し棒を受けた、ように見えたけど、鉄棒は止まることなくゴレイラをかすめ、親衛隊は勢い余って転倒する。

 盾の強度を弱くして相手の勢いを受け流したんだ。

 

「見事だな」


 オリバーさんはひげをでながらニヤリと笑う。

 相手の盾の強さが変わるのは攻める方とすれば嫌だろうね。

 だから正解は、少し離れたところからたくさん攻撃すること。

 でも親衛隊は怒りで我を忘れ、りずにまた鉄棒を振り下ろす。

 ゴレイラは盾を斜めにして鉄棒を受け流し、またしても姿勢を崩した親衛隊の体に盾をぶつける。

 シールドバッシュって言う、盾を使った攻撃だ。

 自分の勢いも足され、勢いよくすっ飛んで行った親衛隊の人はそのまま動かなくなった。


「気絶しただけです」


 わたしの心配をさっし、オリバーさんが笑いながら言ってくれた。

 見ると、他の親衛隊の人たちに抱えられ、退場するところだった。

 歓声が大きくなる。


「勝ちました!」


 ソリアも嬉しそうだ。


「まず一勝だね!」


 わたしも笑い返す。

 会場には二人目、フィクソアが『ドウロン』を着けて現れ、観衆がざわめく。

 何度見てもフラフープか細い浮き輪みたいでおかしくなるけど、あれは知れば知るほど欲しくなる!

 相手は細身の男で、自身の身長ほどの槍を構えてる。

 フィクソアは細身の剣だ。

 普通なら、リーチの差? こちらの攻撃は届かない。

 でも、フィクソアは普通じゃない。


 フィクソアも最初は足を使う。

 左右に、後ろに、斜めに、槍の間合いに近づき、離れるを繰り返す。

 次第に速度が上がる。

 フィクソアの足が地を蹴るのは最小限、むしろ足の動きはカムフラージュだ。

 親衛隊はフィクソアの動きに翻弄ほんろうされ、自分は動けず、一定の場所から体を回転してフィクソアの攻撃に対応する。

 親衛隊を支点に、フィクソアはその周囲を右回りに回転しながら、死角から急接近する。

 リズムや速度、若干の高低差も使った攻撃だけど、剣も槍もまだ触れ合っていない。

 牽制けんせいだけでもう、三分ほどになる。

 そして、それだけの時間、その場で同じ方向にぐるぐると回り続けたらどうなる?

 答えは、ふらつき思わず膝を付く親衛隊の姿が教えてくれる。

 フィクソアは、おそらく吐いてる親衛隊の背後に立ち、首元に剣をえる。


「勝者、防衛隊!」


 再びの大歓声。


「これで二勝ですね!」


 ソリアが飛びついてくる。

 ここまで順調だ。


「ま、アラン兄妹は仕方ないですが」


 オリバーさんはそう言って苦笑する。

 わたしは昨日の訓練を思い出す。

 二人の武器『セイケン』『セキケン』は、強すぎる。

 オリバーさんが言うには、彼らの剣先は、ヒートカッター、ウォーターカッターという地球の技術も応用してる。

 さらに内蔵している銃は、それぞれの属性に特化した弾丸を神威しんいの力で撃ち出す。

 それは人に使う威力いりょくじゃない。


 だから二人の試合は、純粋に剣術だけで立ち向かう。

 どちらもいい試合だと思ったし、わたしも『思石しせき』に願わなかった。

 特に妹のアランエスケルは、ゴルドー相手に互角の戦いを演じた。

 ゴルドーは親衛隊の指南役、つまり剣術では聖都で最強の存在なんだそうだ。


 長い試合の後、倒れたアランエスケルを引き起こし、肩を支え退場したのは他でもないゴルドーだった。

 その顔は、敗者をたたえる顔をしてた。


「これで、二勝二敗……」


 大きな歓声の中、ソリアが静かにつぶやく。

 ここまではオリバーさんの予想通り。

 そして、最後の戦いが始まる。


「少しは大人の顔に成れたか? オレとやって、まだ腰抜けなどと言えるかな?」


 そんな挑発の言葉を上げるシルジン王と。


「勝ち負けはどうでもいい、俺は護るためにここにいる」


 この数日で一番成長したピヴォ。


 勝つことより護ることを考えろ。

 オリバーさんは最後まで彼にそれを伝えてた。


「始め!」


「オレに勝てなくては、試練は迎えられんぞっ!」


 いつかのような烈風れっぷうのような動き。

 振り下ろされる鉄棒はピヴォの剣に向かう。

 ピヴォはその漆黒の剣を相手の力に合わせ、勢いを殺す。

 軽くして当て、重くして流す。

 豪流ごうりゅうの中を素早く泳ぐ魚のような剣は、繰り返されるシルジンの鉄棒を見事にさばく。


「受けているだけではっ!」


 少し距離を取ったシルジンは、叫びながら精霊魔法を行使こうしする。

 藍色の光、大気の精霊だ。

 威力は小さいが、数が多い!

 ピヴォは剣を軽量にし、無数の魔法をきざむ。

 相殺そうさいできなかった魔法が、ピヴォの顔面や体を切り裂き、血しぶきが舞う。

 そこにシルジンが鉄棒で強襲きょうしゅうする。

 加重が間に合わず、鉄棒に合わせた剣がはじかれ、続く第二撃がピヴォの体をとらえる!

 瞬間、ピヴォは空中にある剣に体を引き寄せ、鉄棒は彼のいた場所を素通りする。

 見ている人はピヴォが瞬間移動したように見えただろう。

 実際は、剣を体より重くして体を引き寄せたんだ。

 わたしは床に刺したけど、まさか空中でやるなんて!

 相手を見失ったシルジンの背後に、剣と体、それぞれ支点を切り替えて、まるででたらめなコンパスが移動するような動きで接近し、最後は剣の横面でシルジンを叩く。

 肩を強打したシルジンは吹き飛び、そのまま倒れた。


 わたしは握りしめていた『思石しせき』から手を離す。

 願ったのは、勝てじゃない、ピヴォを護れ、だった。


 こちらを向いて笑うピヴォの顔は、魔法による切り傷が目立つ。

 わたしの願いもまだまだかな、と苦笑する。


「アヤ!」


 ソリアがわたしに飛びつく。

 わたしは彼女の頭をでながら、ピヴォにこぶしを突き出す。

 ピヴォも、わたしたちに向かってこぶしを突き出すと、会場に飛び込んできたゴレイラ、フィクソア、アランジレイト、アランエスケルの手荒い祝福にもみくちゃにされた。

 観衆の大歓声の中、防衛隊は試練を迎える代表者となった。

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