第三十話 ムト、両親にお願いします

 浮遊感は一度味わってる。

 足が地に着く感じと共に白い光が消えて行き、目の前には久しぶりの両親の顔。


「ムト!」


 お母さんに抱きしめられる。


「ちょ、お母さん、苦しいってば!」


「お帰り、よく頑張ったな」


 お父さんはそう言ってわたしの頭をでる。

 そんな二人の想いを感じて、わたしはあせりや不安や戸惑いの感情と共に、わんわんと泣いた。


「辛かったよね、怖かったよね」


 お母さんはわたしが向こうでひどい目にあったと思っているのか、同じように泣きながらわたしを抱きしめ続ける。


 否定したいけど、泣き過ぎて話せない。

 なんでこんなに涙が出続けるのか、それが不思議だった。


 やっと落ち着き、更衣室から出て、とりあえず工場の応接セットに移動する。

 とにかく、早く伝えないと!

 わたしは転移したあの日からのことを両親に話す。

 まずは状況の説明をしなきゃ、お願いだってできない。


「それで、試練はまだ続いてるの! 折春おじさんも、みんなもそれをわたしに黙って、わたしを帰す事ばっかり考えて……」


 悔しいのか、悲しいのかわからず、また涙がこぼれる。

 わかってるよ、むこうの人たちが、わたしを巻き込みたくないっていうのは。


「だからお願い! お父さんなら向こうへ行ける魔道具、創れるでしょ!」


「ムト……」


「だめだ」


 困った顔のお母さんと、怖い顔のお父さん。


「なんで? こうしてる間にも街が、ソリアが、みんなが!」


「思い上がるな! お前が行って何ができる! いいか? お前はまだ中学一年なんだぞ? なんでよその世界の、知らない国の問題に首を突っ込むんだ? お前ひとりの力でなんとかなるなんて思うんじゃない!」


 それは初めて聞くお父さんの怒鳴り声。

 わたしはてっきり、わたしのお願いを無条件に聞いてくれると思った。

 

「ムト、あなたが責任を感じる必要なんてないのよ。それに、お父さんとお母さんの魔道具を信じなさい。きっとみんな無事」


「お父さんもお母さんも知らないから、コルドリアのみんなのことを、聖獣の怖さを、知らないから、そんなふうに言えるんだ! なんにも知らないくせに!」


 お母さんの言葉をさえぎって、感情に任せて叫び、わたしは工場を飛び出し、母屋に、久しぶりの自室に飛び込む。

 ベッドに突っ伏して、また泣いてしまう。

 泣き疲れて眠るまで、みんなの無事を祈り続けた。


―――――


 コンコン、というノックで目を覚ます。返事の前に、誰かが部屋に入って来た。


「お帰りなさい」


 その声に飛び起きる。

 そこには鹿島希望かしまのぞみ、のぞみんがいた。


「のぞみん!」


 わたしは彼女に抱き着き、また泣いてしまった。

 涙はいつれるのだろう? そんなことを少し思った。


「……そっか、でも、むーちゃんが行って何ができるの?」


 わたしの長い話を聞いてくれたのぞみんは、そんなふうに聞いた。


「……わからない、でも、わたしがいないと、きっとソリアは結界を張るし、防衛隊のみんなも無事じゃ済まない」


「でも、むーちゃんが行ったら、むーちゃんだって無事じゃ済まないかもしれない。お父さんとお母さんと、私が心配する気持ち、わかる? むこうのみんながむーちゃんを帰そうとした気持ち、わかる?」


「でも、そうだけど……」


「それに、向こうへ行く手段、あるの? ね、むーちゃん、私たちってさ、中学一年生で、できることとできないことがあるでしょ? どんなに願ったって車の免許も取れないし、結婚だってできない。できる範囲の中で頑張るしかないと思うんだ」


 のぞみんの言いたいことはわかる。

 わたしが向こうの世界のために何かできるなんて、そんな必要も、義理もない。


 でも。


「のぞみんの言う通り、わたしが責任を感じる話じゃないってわかる。でもね、のぞみん、覚えてる? 小学校の時、お父さんの指導が厳しくてみんながサッカー辞めちゃって、人数が足らなくて、わたしたち二人、四年生だったけど試合に出たでしょ?」


「チームに入ったばかりだったよね。試合が中止になりそうで、むーちゃんが出る! って手を上げて、私もつられて出たんだっけ」


「あの時もさ、責任感や、できるから出たいって気持ちじゃなくて、ただやりたいだけだった」


 お父さんの言葉を思い出す。


〝お父さんな、やらずに後悔したくないって気持ちが強すぎて、それをみんなに押し付けて、嫌な気持ちにさせたよな〟


 押しつけでもない、嫌な気持ちにもならない。

 やらないことこそが後悔になるって、教えてもらったんだ。


「……そっか、おじさん、できることは誰でもできる、できないことこそやってみろ! が口癖だったね」


 のぞみんが何かを思い出してクスクスと笑う。

 わたしもつられて笑うことができた。

 あのときの試合に出たことが、今の自分に繋がってる。

 もちろん『チョクレイ』も使ったから、微妙な気持ちもあるけど、それからずっと頑張って練習できたのは、あの試合に志願しがんしたからだ。


「あーもう、むーちゃんを説得しにきて、逆に説得されちゃうなんて……これは、おじさんが悪いな、うん」


 のぞみんはそう言って立ち上がると、わたしに手を差し出した。


「行こ、一緒におじさんとおばさんにお願いしてあげる!」


「のぞみん……」


「昔も今も、私が一番、むーちゃんを応援してるんだからね?」


 そう言って笑うのぞみんは、なんだか急にお姉さんっぽい顔だった。


―――――


 のぞみんと並んで居間のソファに座り、お父さんとお母さんが対面に座る。

 勢いでここまで来たけど、実は何のさくも無い。

 第一、冷静に考えてみると、どうやって向こうに行くか、そんな方法だってわからない。

 折春おじさんはいつ来るかわからないし、そもそも、またこっちに来れるのかだってわからない。


「おじさん、おばさん、お願いです。むーちゃんを向こうの世界に送ってあげてください」


 沈黙が続く中、のぞみんがそう言って頭を下げる。


「ちょ、ちょっと、のぞみんが頭を下げる必要なんてないよ! わたしがちゃんとするから、ね?」


 わたしは慌ててのぞみんを起こそうとする。

 手を掛けた彼女の肩は震えていた。


「私、怖いです。ずっと今までむーちゃんと一緒で、それが当たり前で、でもこの十日間以上離れて、おばさんに事情聞いて、別の世界で苦労してるって、もしかしたら死んじゃうかも、もう会えないかもって思って、ずっとずっと怖くて……」


「ムト、希望のぞみちゃん、毎日来てくれてたのよ」


 泣いているのぞみんを見ながら、お母さんがおだやかに話す。


「のぞみん……」


「でも、無事に帰って来てくれて、久しぶりに会って、大冒険の話を聞いて、もし私でも、きっと今行かなきゃ、絶対後悔するって思いました! それがむーちゃんにとって危ない、どうなるかわからないことだってことも……でも、おじさんもおばさんも、だからずっと準備してたじゃないですか! むーちゃんの為に、むーちゃんが、笑って帰ってこられるようにって」


「どういうこと? 準備? なんのこと?」


 わたしは理解ができず困惑こんわくする。


「むーちゃん、むーちゃんはね、向こうに行けるんだよ。 おじさんとおばさんがそのための準備をずっとしてたんだ」

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