第二十二話 ムト、試合に備えます

 シルジン王と、試合の方法を話し合ったオリバーさんが帰ってきたのは、鐘が三回鳴った、15時過ぎだった。

 訓練室に入ってきたオリバーさんは、防衛隊五人の動きを見て、少しの間、唖然あぜんとしてた。

 その後、わたしの方を向いて柔らかく微笑みながら言った。


「どんなアドバイスをしたのです?」


「それが、不思議なんです。それまではなんとも思ってなかったのに、魔道具をよく見ると、なんとなく、どう使われたいのかわかる気がしました」


「……なるほど、だからわかるのかもしれませんね」


 オリバーさんの小声はよくわからなかったけど、皆の動きを見てると、少しだけ役に立てた気がして嬉しかった。


 訓練終了後、オリバーさんから試合の説明があった。

 九日後のお昼過ぎ、王宮のとなりにある武道場で行う。

 試合形式は、一対一の個人戦を五回。

 こちらの人数に合わせてのことらしい。

 勝ち抜き戦ではなく、それぞれの勝敗を競い、三勝した方が勝ち。

 武器や魔道具の使用は自由、精霊魔法も可能。

 制限時間の中で、相手を戦闘不能にするか、審判による判定で勝敗を決める。

 ただ、対人攻撃として過剰かじょうな力の行使こうしは反則負けになることがある。

 念の為、ソリアは治癒師ちゆしとして参加する。


「勝った陣営じんえいは、負けた陣営じんえいに対し常識の範囲内での命令を行える。今回の場合では、親衛隊が勝ったら、防衛隊は解散、ワタシは国外追放、試練は親衛隊が対応する。逆に防衛隊が勝てば、親衛隊はワタシの指示に従ってもらう」


「審判は、どなたが?」


 ゴレイラが質問する。

 確かに、だれがつとめるかによって、どんなにこちらが優勢でも判定負けするかもしれない。


「賢人会に頼んであるそうだ。なに、誰が見ても文句ない勝ち方をすればいいだろう?」


 オリバーさんの言葉は、賢人会だって信用できないって聞こえる。


 それから五人はオリバーさんと細かい話を続ける。


「ソリアの治癒師ちゆしってなにするの?」


 わたしとソリアは皆の会話に加わらず、二人で話す。


「わたくしは、神威しんい治癒ちゆの力として行使できるのはお話しましたよね。けが人が出た時の備えとなります」


「すごいんだね……」


「アヤの魔道具も治癒ちゆがありますよね?」


 わたしは腕のベルトにめた『生命の花』を見る。


「すり傷や捻挫ねんざくらいにしか使ってないけどね」


「それはおそらく、わたくしよりもっと強い治癒ちゆの力があります」


「そうなの? でも使わなくて済むならその方がいいよね」


 親衛隊とどうやって戦うか議論してる六人をながめながら言う。

 ソリアは少しうつむいてる。


「ソリア?」


「アヤとオリバーのおかげで、勝てるはずがないと諦めていた親衛隊との試合も、少しだけ光明こうみょうが見えました。でも、たった九日しかありません。戦力差はまだ大きいと思います」


 神さまからの言葉で、親衛隊じゃ試練を越えられないって聞いているから、ソリアは防衛隊が負けることを恐れてる。

 わたしはソリアの手を取り言う。


「わたし、みんなと一緒に訓練するよ。そしてみんながもっと魔道具を使えるようにする! それがきっと、わたしがこっちに来た理由だと思うんだ」


 こちらに来たのは事故みたいなもので、誰のせいでもない。

 でも、転移のエネルギーがまるまでは帰れないんだ。

 だったら、のんびりするんじゃなく、ソリアの為に頑張ろう。

 防衛隊のみんなを強くして、試合に勝つことができれば、試練だって乗り越えられるはず。それがきっと「御使みつかい」としてわたしができる事なんだ。


 いつの間にか六人の話は終わっていたみたいで、皆が私を見ている。


「あ、アヤ、その、明日もいろいろ教えてほしい」


 ピヴォが頭をきながら恥ずかしそうに言う。


「うん! みんなでいっしょに頑張ろう!」


 オリバーさんも笑顔だから、これでいいんだろう。

 そう、何も危険なことはない。

 試合に出るわけじゃないんだから。


―――――


 そんな風に意気込んでたのに、わたしは翌日、熱を出してしまった。

 ピヴォの『両手剣ペンタグラム』を振り回した影響か、こっちに来てからの疲れもあったのか、ベッドから起き上がることもできず、ソリアがずっと看病してくれた。

 発熱の場合、体が治そうとして熱を出しているため、治癒ちゆの力は効かない。

 じっと待つしかないんだ。


 熱が引くまで二日、ふらつく体が治るまでそれから二日。

 五日後になってようやく立ち上がることができた。

 試合は四日後だ。


「ご心配をおかけしました」


 久しぶりの訓練室、防衛隊の皆も少し疲れているみたいだ。

 それでもわたしを心配して、側に寄って温かい言葉をくれた。


「調子はどうですか? 上達しました?」


 少しからかうような口調で聞いてみたところ、みんな口数が少なく、少しうつむく。


「それが、その、なんだかうまくいかなくて……」


 ゴレイラが大きな体を縮ませて言う。

 うまくいかないってどうして?


「勘違いしていたことに気付いたろう? どんなに素晴らしい道具を手に入れても、使う人によってその効果は変わる」


 遅れて来たオリバーさんがそう言うと、皆はまた小さくなる。


「ソリア、わたしがいない間になにかあったの?」


 わたしを看病する合間に、ソリアは訓練を見学していたはずだ。


「それが、初日以降、上手くならなくて……」


「いや、上手くなるどころか、下手になっている」


 アラン兄がつぶやき、他の皆もうなずく。


「とにかく訓練を始めろ、もう日がないぞ?」


 オリバーさんは何故か余裕のある顔で皆をうながした。


 そして始まった訓練。

 わたしは驚く。

 みんな、ちっとも下手になんかなってない。

 心配しながら見てるけど、初日より格段に動きのキレがいい。


「すごいよみんな!」


 休憩のときにそう言うと、皆は首をかしげて、なにがなんだかわからないと言った顔をしてる。


「少しは理解できたか? 昨日までと何が違うか」


 オリバーさんは薄く笑いながら皆に問いかける。


「アヤ様がいてくれる……」


「正確には、お前たちの魔道具を信じているアヤがいる、だ」


 ゴレイラの答えにオリバーさんが続ける。

 魔道具を信じるわたし?


「アヤ、ここにある魔道具は、きみにとってどんな存在だ?」


「えっと、まだまだできる! そう言ってるやんちゃな妹みたいな?」


「ふむ、では、ここの魔道具を彼らはどのくらい使いこなせていると思う?」


「……正直に言うと、3割くらい……あ、でも初日よりはずっといいよ」


 慌てて言い直すわたしにソリアが言いづらそうに言う。


「昨日まで、こんなに使えなかったの」


「そうなの? みんなが言うほど悪くないどころか、うまく使えてたよ?」


「さあ、わかっただろう? アヤは魔道具の能力がまだまだと理解している。お前たちは限界を感じ、それを少しずつ上げようとしているがうまく行かないと思っている。その差はなんだ? ピヴォ」


「信じる気持ち?」


「半分正解だ。前に言ったろう? 勝つためにここにいるなら帰れと。アヤは信じてる。魔道具たちの力を引き出したお前たちが魔道具を使い、この聖都を護ることを。試合の勝ち負けじゃない、その先を見てる。その違いだ」

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