第三章 ムトと聖都防衛隊

第十八話 ムト、まだ帰れないみたいです

「……帰れない?」


「今すぐには」


 唖然あぜんとしたわたしのつぶやきに、申し訳なさそうに答える折春おじさん。


「とりあえず、座りましょう」


 ソリアにうながされ、ソリアと並んでソファに座る。

 折春おじさんが対面に座ると、カリアムさんがお茶を出してくれる。

 どんな時でも冷静な人だな、と状況も忘れて感心してしまった。


「まず、すまんです」


 おじさんは頭を下げる。

 

「いえ、そんな、えっと、折春おじさんのせいなんですか?」


「こういった可能性は考えてもいなかったです。結果から考えると、なるほどと思いますです」


「オリバー、ちゃんと説明して」


 歯切れの悪いおじさんにソリアが少し強めに言う。


「簡単に言うと、相転移そうてんいという現象です。ワタシの移動する場所に、ム、アヤがいたため、ワタシと入れ替わった」


 それから折春おじさんはゆっくり説明してくれた。


 神威しんい(白の力)を使い転移したが、相転移そうてんいには気付かなかった。

 だけど普段より多くの神威しんいを消費したことを不思議に思った。

 向こうでわたしが見当たらないことで、皆で周辺を捜したが見つからない。

 わたしが帰宅後に更衣室へ入った可能性から、相転移そうてんいを疑ったけど、すぐに動けなかった。

 転移には多くの神威しんいが必要で、いつもは往復分と少し余裕のある神威しんいを溜めていたけど、わたしが移動する分も使ってしまったからか、すぐこっちに帰れなかった。

 ただ、わたしの持っている「お守り」の位置で、コルドリアこっちにいることはわかったみたい。

 向こうで、帰宅分の足りない神威しんいを溜めて、さきほど帰ってきたということだった。


「ソーイチとアユミも心配しているです。必ず無事に戻すので安心してくださいです」


神威しんいが足りないのですね?」


 ソリアが聞く。


「はい、ワタシが界を渡るだけなら三日もあればいいのです、しかし、アヤを確実に安全に返すために余裕が必要です」


 わたしだけ送ろうとすると、元の場所に戻れるかわからないらしい。

 最悪、誰も知らない場所に移動してしまうこともあるとか。


 おじさんは転移に慣れているので、ウチの正確な位置を知ってる。

 なので、まずおじさんが工場の更衣室に転移して、わたしと入れ替わるように相転移そうてんいする必要があるそうだ。

 その為のエネルギー、神威しんいを溜める期間が約十日。


神威充填しんいじゅうてんと言って、大聖堂の中で最も効率よく集められます」


 ソリアが補足してくれる。

 さっき、シルジン王が大聖堂に入れないと困るって言ってたやつだね。


「この話はソーイチたちにも話してあるです」


 おじさんの言葉に考える。

 十日か、夏休みは始まったばかりだし、帰れることがわかったことで、ずいぶん心は落ち着いた。

 週末のみんなとのサッカー観戦は残念だけど……のぞみん、心配するかな?

 お母さんがうまく言ってくれると思うけど。

 

「わかった。ソリア、それまで面倒みてくれる?」


 と、晴れ晴れとした顔で言えた。


「それはもちろん! でもオリバー、先ほどの試合とやらには影響は無いのですか?」


「アヤを送り返すことが最優先だ。試練も試合も、こちらの都合にアヤは一切関係ない」


 おじさんはすごく怖い顔でそう言ってくれるけど、それはそれで寂しい気もする。


「折春おじさん、試合には勝てるの? どうせなら試合だけでも見たい」


「試練のためにアヤのご両親にお願いしてきたわけです……当然試合にも勝てなくてはいけません。そうですね、ご両親がどれだけすごいのか、知っておいてもいいかもしれませんですね……」


 おじさんは少し考える。

 なんとなく、いる間だけでもわたしにできることはしたいと思った。

 それに、おじさんと両親の秘密も気になる。


「オリバーはアヤのご両親に何を頼んでいたのです? それとアヤはなぜ「オリハルおじさん」と呼ぶのです?」


「アヤ、こっちではオリバーと呼んでくださいです。それと、ソーイチのお守りを貸してください」


 折春おじさん、いやオリバーさんはソリアの問いに答えず、優しい顔でわたしに手のひらを向ける。

 わたしは巾着から三枚のお守りを取出し、オリバーさんの手に載せる。


「『守護』『身体操作』『治癒』、ソリアこれを」


 オリバーさんは種類を確認してから、お守りをソリアに渡す。


「これは!」


 ソリアは驚き、わたしの顔を見る。

 え? なんかまずいのかな?


「それが、さきほどのソリアの質問の答え。そしてワタシが界を渡る理由です」


 オリバーさんがニヤリと笑いながら言う。


「オリハルコン……しかも、神威しんいや魔法特性を必要としない?」


「そう。精霊も魔法特性も、神威しんいも必要としない、付与された効果を、人の想いで発動させる『魔道具』ですよ」


「これを、アヤのご両親が?」


「ちょ、ちょっとわたしにもわかるように説明してよ!」


「つまり、アヤのご両親は史上最高の「魔道具職人」なんですよ」


 オリバーさんはそう言って、ヒゲを汚さず紅茶を飲んだ。



 それから、オリバーさんとうちの両親の出会いを聞いた。

 こちらの世界にあった、魔道具の素材、精神感応触媒せいしんかんのうしょくばい? として最強の「オリハルコン」というものが、こっちの世界から偶然、お父さんの工場に転移した。

 オリバーさんは依頼によってそれを探しに地球に転移したけど、なんと、お父さんと、そのころはまだ結婚していなかったお母さんの手によって、アクセサリーとして加工され、オークションで売られてしまったそうだ。

 オリバーさんは驚いた。

 なにせ、オリハルコンを加工し、様々な効果を付与(エンチャント)できる人はほとんどいなくて、お父さんたちが創ったものは、過去どんなものより素晴らしいものだったんだそうだ。

 でも、悪用されたり、コルドリアに危機が及ぶことを心配し、作られたアクセサリーは全て回収した。

 同時に、お父さんたちの記憶も消したみたいだけど、後になってどうしても必要な魔道具があって、それをお父さんにお願いして創ってもらった。

 その時、両親は結婚してて、わたしが生まれる直前だったみたい。


 そっか、わたしの両親は魔法使いじゃなく、魔道具職人だったのか。

 なんでそんな能力があるのかは、オリバーさんにもわからないみたいだけど。


「ワタシはオリハルコンの位置を探すことができます。なのでアヤがこちらに来ていることはわかりました。ただ、それがあなたの無事を保証することにはつながらなかったので、移動分ギリギリの神威しんいを溜めてすぐに帰ってきました」


「お父さんとお母さんに無事を知らせることはできますか?」


「一度だけメッセージを送る魔道具を創ってもらい持ってきたです。言葉で五秒くらい、返信機能はありませんです」


 オリバーさんに『セイウチ』と同じくらいの金色のメダルを渡される。

 中央に小さな穴が10個くらい開いていてマイクみたいだと思った。


「どうやって使うの?」


「握り込むと、音がするそうです。そこから五秒だけ声を送れますです。一回きりですから準備して使ってください」


 そんなプレッシャー与えないでよ!

 えっと、わたしは元気だから心配しないで、とか?

 もういいや、早く無事を伝えよう。

 握りこんで、光ったと思ったらピッと音がする。


「わたし、ムト! 十日後に帰る! じゃあね!」


 一気に喋り終わると、またピッと音がして、通信の魔道具は、それきりただの金属片になってしまったとわかる。


「ねえ、アヤ「ムト」ってなに?」


 ソリアがきょとんとした顔でわたしを見ている。

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