第十七話 ムト、折春おじさんと再会します

 扉の前に立つ折春おじさんは、いつもの黒いコート姿で、サンドバッグみたいな袋を持ってた。

 わたしは、またしても何も考えず、折春おじさんに飛び着いた。

 おじさんは荷物を放り投げ、わたしを両腕で受け止めてくれた。

 悲しくないのに涙だけあふれる。

 子供みたいにわんわん泣き続け、そんな場合じゃなかった! とあわてておじさんから離れる。

 折春おじさんは腰をかがめ、金色の優しい目でわたしをのぞき込み、頭を二度ぽんぽんと叩いた。

 そのままスッと姿勢を正し、わたしをかばうようにシルジン王とソリアに向かい話す。


「シルジン、準備が整うまで黙認もくにんしておったが、それも今日限りだ。ワタシは盟約めいやくに従い試練を迎えるが、もし邪魔をするのならば只では済まさんぞ」


「オレの国はオレが守る! 誰も犠牲になどさせない!」


 シルジンの叫びは、真剣な、心にうったえる叫びと思った。


「簡単に激高げきこうし、制裁せいさいをするように見えたが?」


「……何も知らないただの子供が、王家の何がわかると言うのだ! 試練が終わるまで寝ていれば良かったのに、それを、邪魔しおって……」


 わたしはシルジン王ににらまれる。

 あんな鉄の棒で叩かれたら怪我では済まない気がする。

 そう思うと、今になって震えが止まらなくなる。

 ソリアがそんなわたしを悲しそうな目で見てる。

 その隣のピヴォも、さすがに自分の言葉がまずかったと気付いたのか、うつむいてる。


「なあ、シルジンよ。もうさとすつもりもないが、お前も納得できんだろう? ワタシたちの力を聖都の民に見せる必要もあるのでな、ならば試合をして雌雄しゆうを決めてはどうだ?」


「それに勝てば、試練はオレに任せるか?」


「もちろん。そうなれば防衛隊も必要ないだろうからな」


 折春おじさんのその言葉に、防衛隊の五人が反応する。

 皆が真剣な顔でおじさんを見る。


「聖獣を倒すだけじゃないぞ? オレに任せるとちかえ!」


「試合に負けたらすぐに出て行くさ。その代わり、こちらが勝った場合、ワタシの指示に従ってもらう」


 その言葉に不敵ふてきな顔をするシルジン王。


「昨日今日選ばれ修練しゅうれんを始めたばかりの素人に、聖都の精鋭せいえいようする我が親衛隊が負けるとでも本気で思っているのか?」


「さてな、こうでも言わなければお前は引けないだろう?」


 折春おじさんはニヤリと笑ってそう言った。

 そうか、さっきのシルジンの動き、あれが本気だとすれば、きっと防衛隊は歯が立たない。この場をおさめるためには、後で試合をすることにする、ということなのかもしれない。

 防衛隊の五人は悔しそうにうつむいてる。

 どんな理由で集められたのかはわからないけど、たぶん親衛隊の方が強い。


「ふん、それで、いつやる?」


「十日後の祭日でいいだろう。試合形式はお前に任せる」


 シルジン王の問いにおじさんはすぐに答える。

 思いつきじゃないのだろうか? それとも適当に答えてるだけ?


「ならば王宮の武道場を確保しておいてやる。あそこなら多くの民が集まれるからな」


 シルジン王はそう言いながら動き、親衛隊もそれに続く。

 わたしの横を通り過ぎるとき、シルジン王は一瞬だけわたしを見て、そのまま毅然きぜんとした姿勢のまま部屋を出て行った。

 彼の目は、敵意てきいあわれみも無い、知性を感じる視線だと思った。


「オリバー、助かりました。それとアヤ、さっきはありがとう。あなたが守ってくれなかったら、わたくしたち……」


 ソリアは涙を浮かべてた。

 わたしはソリアの元に行き、やさしく抱きしめる。

 わたしの方が小さいから、しがみついているみたいだけど。


「……アヤ?」


 折春おじさんは考える素振りをしたあと、なるほどとうなずく。


「さすがソーイチとアユミの子だ。聡明そうめいだな、


 おじさんは優しい笑みでわたしの頭をでる。

 どうやら、ムトと名乗らなかったのは正解だったみたいでホッとした。


「オリバー、すみませんでした」


 ゴレイラが代表して頭を下げる。


「構わんよ、いずれは力をしめす必要があったのだ。試練も近い。頃合ころあいだ」


「それにしても、ピヴォ、あんた少しは自重じちょうしなさいよ」


 金髪の双子の女性がピヴォを小突く。


「う、うるせぇな、だいたい、あんな奴、俺一人でも」


 ピヴォの言葉は続かない。

 ソリアが彼の左ほほを叩いたからだ。


「いい加減にして! 慢心まんしんするのは兄だけでたくさん! さっきだってアヤが守ってくれなかったら、どうなってたかわからないのよ!?」


「そ、そうだ、キミは誰なんだ?」


 沈んだ空気の中で金髪の双子の青年がわたしを見る。


「……御使みつかい様?」


 長身の大人の女性、フィクソアだっけ? そうつぶやく。


「え、ええ実はそうな「違う」


 ソリアが表情を切替えながら話すと、さえぎるように折春おじさんが言う。


「アヤはワタシの客人だ。すぐに帰る」


 有無うむを言わせぬ一言で、ソリアもわたしも何も言えない。


「それにしても、あれ、どうやったの? あ、あたしアランエスケル」


 金髪の女性は、そう言って右手を出してくる。

 握手の習慣は同じなんだ、と思いながら握り返す。


「大聖堂の中だから神威しんいなのか? 見えない壁のようだったが」


 ゴレイラが考えながらつぶやく。

 わたしにもわからないけど、たぶん『セイウチの心臓』だ。

 守護というのが、あれほどの力として感じられたのは初めてだけど。


「わ、わたしにもよくわからなくて……」


「さ、とりあえず一度散会さんかいしよう。ワタシも少し疲れているのでな、今日のところはおいとまさせてもらう。明日は朝からここに集合だ。試合に備えて特訓をせねばなるまいよ」


 わたしが答え辛そうにしているとおじさんが助け舟を出してくれる。


「オリバー、俺たちは勝てるのか?」


 ピヴォがまだうつむいたまま聞く。


「お前は何に勝ちたいんだ? 親衛隊か? シルジンか?」


「俺は……」


「誰かに勝つためだけにここにいるのならば帰れ。ここにいていいのは、護る覚悟を持つものだけだ」


「守る?」


「他でもない、客人であるアヤが見せただろう?」


 折春おじさんはそう言って、荷物を拾い、わたしとソリアの背を押しながら部屋を出る。

 部屋の前に、まだ何人か残っている人たちが慌てて去って行く。

 螺旋階段を登りながらおじさんがつぶやく。


「さて、ソリア、とりあえずお前の部屋へ行こうか」


「はい、喜んで」


 おじさんの後をソリアと並んで昇る。

 自然とソリアの右手と、わたしの左手が繋がり、お互いに柔らかく微笑み合った。


 同時に、もうすぐお別れになるのかと思うと、少し寂しくなった。

 でも、折春おじさんだって何回も行き来してるんだ。

 きっとまた会える。

 試練のことは気になるけど、わたしが心配したところでどうにかなるわけじゃない。

 この世界は、この世界の人たちがなんとかしなくちゃ。

 そう思いながら、ソリア、ピヴォ、そして何故だかシルジン王の顔が浮かんでくる。


 わたしには関係ないよ。

 そう思いながらも、このままスッキリした気持ちで帰れるのだろうかと考える。


 わたしには、関係ないよ……。

 だって、何もできない。

 無理やりそう思った。


 ソリアの居室きょしつに入り、ドアが閉まると、折春おじさんがわたしに向いた。


「すまん、実はまだ帰れないのです」


 そんな折春おじさんの困った顔、初めて見た。

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