第十九話 ムト、名付け親と由来を知ります

 「ムトってなに?」というソリアの疑問に対し、挨拶みたいなもの! と適当にごまかし、彼女がトイレに行くと席を離れたタイミングでオリバーさんに聞いておく。


「えっと、やっぱりムトって言わない方がいいの?」


「すまんです。まさかムトゥがこっちに来るとは思いませんでしたから、安易あんいにその名前を贈ってしまいましたです」


「じゃあ、わたしの名付け親って」


「はい。ワタシです。神の加護かごを得られるようにと」


「神様の名前そのままじゃないですか……とりあえず、アヤのまま過ごしますね」


 わたしはため息をこぼしながら、十日間のガマンだと思い直す。


「すまんです。シルジン辺りは熱心なムトゥ教の信徒なので、ムトゥがムトゥと名乗っていたら問答無用もんどうむよう牢屋ろうやに入れられていたかもしれんです」


 あっぶな!

 想像してゾッとしているとソリアが戻って来る。


「それで、試合の件なのですが……防衛隊の皆は、兄たちに勝てるのでしょうか?まさか競い合うという話になるとは思いませんでした」


「まあ、あの場を収めるにはああいうしかなかったのだ。それにピヴォの挑発ちょうはつもまずかった。アヤが護らねば、ソリアもピヴォも怪我をしていた」


「そうですよ! いくらなんでもあんな棒で叩かれたら、怪我じゃ済まなかったかも!」


 今になると怖さより、ヒドイな! という怒りがいてきた。

 よりによって妹に武器を振るうなんて。

 ソリアも思い出したのか、暗い顔をしている。


「まあ、シルジンにしても最後は手を抜くつもりだったみたいだ。さすがに大けがでもさせたら賢人会もギルジオンも、聖都の民も黙ってはいない」


「それでも、ピヴォは軽率けいそつでした」


 ソリアがピヴォに対し好意を持ってるのはなんとなくわかる。

 だからこそ、心配なんだろうな。

 彼、簡単に挑発ちょうはつに乗っちゃいそうだし。


「それもこれも、自分たちの力の無さから来てるのだ。今回の件でも防衛隊の五人は、親衛隊にかなわないことを実感しただろう」


 考えてみれば、シルジン王は一人で襲ってきて、ゴレイラの守りを抜いてピヴォに攻撃したんだ。

 わたしは、昔のサッカーの試合で、五人のディフェンスを一人で抜いてゴールしたことを思い出す。

 段違いの強さって、無双っていうんだっけ?


「オリバー、試合とはどんな形になるのですか?」


 不安そうなソリアが聞く。


「シルジンは自分と、親衛隊に大きな自信を持っている。そして試練に向けて、聖都の民や賢人会に圧倒的な力を見せたいと思うだろう。ならば偶然の結果が出にくい、一対一の戦いを五つやりたがるだろう」


 柔道や剣道などの団体戦みたいなものだろうか。


「でも、対聖獣戦に向けて、役割を決めて鍛練しているのではないですか? 一対一では、ゴレイラは守り専門ですし、フィクソアは状況判断と指示、アランジレイトとアランエスケルはお互いとのコンビネーションが得意で、ピヴォは直情過ぎます」


「そう。当然向こうもそう思っている。だからこそ、こちらが一番不利な状況で圧倒的に勝ったらどうなると思うかね?」


「そうなれば、いまだ不安を感じている聖都の民も安心すると思いますが……そのためには」


 オリバーさんはフッと優しい顔をわたしに向けた後、ソリアに言う。


「なあソリア、ワタシがここにいるのは試練を越えるためだ。親衛隊じゃそれはできない。そして今のままの防衛隊でも無理だ。でも明日からの防衛隊なら試練を越えられる」


「特訓をするということですか?」


「それももちろんするが、今の時点で勝利はほぼ確定しているのだ」


 オリバーさんはソファに載せていたバッグの中から荷物を取出し、テーブルに並べる。

 明らかにそんなサイズが入るわけないといった荷物が出てきた。これもソリアに見せてもらったマジックバッグと同じなんだろう。


 そんなことよりも、わたしの視線はテーブルの上のモノに釘付くぎづけだ。

 すぐにわかった。ここに並べられたのは、お父さんが創ったものだ。


「アヤ、ソーイチは間に合わせてくれたです。だから試合も……試練も大丈夫なのです」


 オリバーさんはそう言ってわたしを見る。

 ここにあるモノがすごいものだとわかる。

 でも、オリバーさんの目が悲しそうなのは何故だろう。

 わたしに言えない事情がまだあるのかもしれない。


「……これを、アヤのご両親が?」


「聖都防衛隊はこの装備で完全となる。そのために神威しんいを使える者を選んだのだ。白い光を扱えない者にはただの強力な装備だが、あの五人が使いこなせれば、神器しんきにもなるのだ」


 オリバーさんはまるで自分のことのように嬉しそうに微笑ほほえんだ。



 オリバーさんはそれからすぐ荷物を仕舞しまって退室していった。

 わたしたちも明日、騒動のあった三層の訓練室に見学に行くことになった。


「ねえソリア、試練はいつ始まるの?」


 オリバーさんは、試練が近いようなことを言ってた。

 試合なんかしてる場合なんだろうか?


「正確にはわかりませんが、満月の日と聞いています。最短でも、12日後ですね」


「その場合、試合でけが人とか出たらどうするんだろう」


「いずれにせよ、聖都の民も不安を抱えておりましたから、戦意高揚せんいこうようのためにも試合自体は必要なのでしょう。結論から言えば、どちらが勝っても試練さえ越えられればいいのですから……」


 ソリアはそう言うけど、神託しんたくで、親衛隊ではダメだと言われ、オリバーや聖都防衛隊の動きを進めてきたんだ。

 防衛隊が勝たなければ、試練も越えられない。

 どうあっても防衛隊が勝たなくちゃいけないんだ。


 でも、複雑な思いもある。

 お父さんの創ったものは魔道具というより、武器なんだと思う。

 明らかに剣のようなものもあった。

 それが試練に使われ、聖獣を撃退することに使われるのならいいけど、人を傷つけるために使われるのは嫌だなと思った。


 オリバーさんを信じよう。

 お父さんに、人を傷つけるための武器を創らせたんじゃないってことを、娘のわたしが見届けなくちゃ。

 この十日間で、この世界のことをよく見よう。

 知り合えたソリアが少しでも安心できるように、できるだけ一緒にいよう。


―――――


「あの時、わたしはピヴォと一緒に怪我をすると覚悟したの」


 夜、ソリアと並んでベッドに入り、しばらく静かだったソリアがぽつりとつぶやいた。


「シルジン王、怖かったね」


「ピヴォが悪いのは事実でしたが、まさか兄が攻撃をしてくるなんて思いもしませんでした」


 ソリアはわたしに向き直り、少し震えてる。

 わたしは小さく丸まった彼女の頭と背中をでながら聞く。


「あんなに怖い兄は久しぶりでした。でもバカにされたから怒ったという感じじゃなくて、あんなに悲しそうな兄も久しぶりでした」


「うん、なんだか悲しそうだった。なんでわからないんだ、みたいな」


「兄も何か隠しているのかもしれません」


「……も? 隠してる?」


 また少しだけ小さく身を硬くしながら、ソリアはつぶやく。


「アヤ、わたくしは怖いです。試練も、兄が何かを隠していることも」


 ソリアが眠るまで、その言葉に対し聞くことはできなかった。

 いなくなるわたしが聞いても、何もできないと思ったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る