第十一話 ムト、ソリスキュアと仲良くなります

「まずは一息ひといきいれましょう」


 ソリスキュアはそう言ってわたしをソファに座らせてくれた。

 彼女が対面に座ると、カリアムさんがいつの間にかお茶の準備を整えていた。


「どうぞ、召し上がってください」


 わたしの前には、湯気の立つティーカップ。

 紅茶の様な香り、透き通る茶色の液体。


「い、いただきます」


 わたしはカップを持ち上げると、その手が小刻こきざみに震えてることに気付く。

 左手でカップをおさえ、ゆっくりと口に含む。

 温かく、じんわりとした苦味が口に広がる。

 普段は甘党だから砂糖を入れて飲んでるけど、いまは、この苦味で落ち着く感じがした。


 ポツリ、とカップの中に波紋はもんが浮かぶ。

 それがわたしの目からこぼれた水滴だと気付いたら、わたしは小さな子供みたいに、ひとしきり泣いた。

 あわてたソリスキュアが、わたしのとなりに来て、背中をで続けてくれた。


 しばらくたっぷりと泣いたあと、わたしは急にスッキリとした気分になった。


 ここは地球じゃない。

 言葉は通じるけど、別の世界だ。

 なんでここに来たのかも気になるけど、まずはどうすれば帰れるのかを考えよう。


「ありがとうございます」


 いろいろ考えたりする前に、まずはソリスキュアに感謝だ。

 彼女のおかげでとりあえずの安心を得られたんだ。

 わたしはソファの上で彼女に向き直り、頭を下げた。


「あら、こちらこそ、兄が失礼しました。怖かったでしょ?」


 言われてあらためて体が震える。

 それにしても、わたしこんな体育着のままで、こんな高そうなソファに座ってていいのかな?

 一応、スニーカーのままで大丈夫みたいだし、バッグは一応ソファの下に置いてあるけど。


「あの、わたしまだ混乱して、なにがなんだかわからなくて……」


「実はわたくしもです」


 ソリスキュアはクスクスと笑う。


「えっと、神託しんたくとか御使みつかい様って言ってましたよね?」


 神様の言葉、神様の手下って意味はなんとなくわかる。

 彼女はさっと周囲を見回す。

 カリアムさんはお茶をれた後、右手前の部屋に移動して姿は見えない。


「わたくしが意志を通すためには、あれが一番効果的なもので」


 彼女は小声でそうつぶやいた。


「うそ……だったんですか?」


「ムトゥ神による神託しんたくがあったのは本当ですよ? 来たるべき試練の時にカイを渡り御使みつかい様が助けてくれるでしょうという内容も」


 試練?

 カイを渡る?

 世界の界を渡るってこと?

 彼女は続ける。


「兄がわたくしの許可なく「謁見えっけんの間」に進入する理由は、まあなんとなくわかりますが、きもせずとあきれていたところに、今回はなにやら不穏ふおんな気配を感じて、こっそりと様子をうかがっていたのですが、まさかあなたの様な、異装いそうの女の子がいるなんて驚きました。助けなくちゃ! とそれだけを思い、飛び込んだ次第です。まだドキドキしています」


 彼女は自分の胸に手を当ててにこりと笑う。


「じゃあ、わたしが御使みつかいとかじゃなく、ただ助けてくれようと?」


「最初はそうでしたけど、『思石しせき』を見てわかりました。アヤ様は御使みつかい様です」


 わたしは体育着のポケットから『思石しせき』を取り出す。


「これが、御使みつかいのあかしなんですか?」


 ソリスキュアは首元に手を入れ、細い鎖に繋がれた石を取り出す。

 白と青とうっすらと赤い色がゆらゆらと混じる、わたしと同じ『思石しせき』だ。

 

姫巫女ひめみこと呼ばれるわたくしでも、三色程度しか表せません。アヤ様は八色、それにその綺麗な髪と瞳」


 うっとりとした表情で見つめられる。

 えっと、あなたのほうがずっと綺麗ですよ?


「あ、あのソリスキュア様」


「ソリアと呼んでください」


「……ソリア様」


「様は不要です。わたくしもアヤと呼ばせてください」


 姫巫女ひめみこって言われてなかったっけ?

 お兄さんも王とかって言ってた気がするし、きっと偉い人たちだよね?

 わたし体育着なんだけど。


「ソリア……」


「はい、なんでしょう、アヤ」


 進展も解決もしない状況だけど、ソリアのおだやかな雰囲気にのまれ、わたしの心は温かくなった。


「あの、いくつか質問していいですか?」


 まずは情報だ。


「なんなりと」


「わたしはなんであの場所にいたのですかね?」


「……それはわたくしが聞こうと思っていましたけど」


 そりゃそうだよね。

 わたしだって自分の家にソリアがいたら、あなたなんでここにいるの? って聞く。


「わたし、自分の家にいたんです。で、部屋の中に光があって、『思石しせき』が光って、気が付いたらあそこにいたの」


「服装や容姿ようしから考えても、アヤはコルドリアの民ではありませんよね?」


「コルドリア? それがここの名前なんですか?」


 それからソリアは、コルドリアという国が、セグリージュ大陸にあること。そしてその中心にあるここが聖都であることを教えてくれた。

 窓際に連れて行かれ、窓から見た風景は、写真で見た外国のような街並みが広がっていた。

 わたしたちのいる場所は、聖都の中心地に立つ大聖堂だそうだ。

 聖都で一番高い、白亜はくあの塔の最上階。

 そこからの景色は、わたしの感覚で言えば、10階くらいからの眺めに見える。


 夕日によってオレンジ色に染まる街並みは、他に高い建物もなく、大聖堂を中心として丸く広がっているのが見渡せる。

 聖都の外周はぐるりと、大聖堂ほどじゃないけど高い壁に囲まれて、その先は見通せない。

 目を凝らすと、壁の向こうは森のような緑。その向こうは山が見える。

 山に囲まれた盆地、社会の地理的に言えばそういった場所みたいだ。


「そこに見えるのが王宮です」


 窓から見下ろす先、4階立てくらいの建物を指してソリアが言う。

 それは学校や役所みたいな建物に見えた。

 王宮って、お城っていうか、もっと豪華なものかと思ってたけど、茶色い普通の四角い建物。


「王宮……ですか」


「はい。さきほどの兄、シルジンと言いますが、現在の王として居住しています」


「王様……」


「先日17を迎えた際に即位そくいしましたが、それ以来ずいぶんあせっている様子。王らしからぬ振る舞い、どうかお許しください」


 ソリアはそう言って頭を下げる。


「いやいやいや、だって王様にしてみれば、いきなりわたしみたいなのがいれば驚くだろうし、あれ? そういえば王様はなんであそこにいたのですか?」


「簡単に言ってしまえば人探しです」


 かくれんぼ的な何かだろうか?

 それにしては武器のような棒とか持っていたし、オリバーがどうとか……。


「オリバーさん?」


「はい。なぜご存知ですか?」


「王様が、オリバーはどこだ? と聞いてきました」


「いつものことなのです。オリバーが、たまたま「謁見えっけんの間」に入るところでも見て、なにやら言いがかりでもつけようとしたのでしょう」


「そのオリバーさんはどこに?」


「さあ、いきなり消えてしまわれることは多々ありまして、なにせ大魔導士ですからね」


 魔導士?

 オリバー……?


「あの、そのオリバーって人は、ひょっとして背が高くて白ヒゲで、黒いコートで、目の色は金だったりします?」


「あら、やはりご存じだったのですね?」


 ソリアはそう言ってにっこりと微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る