第十二話 ムト、帰還を試みます

 つながった。

 良く考えなくてもわかる。

 ソリアたちは『思石しせき』を普通に知ってる。

 わたしの世界に無いモノ。

 それは折春おじさんからもらったものだ。


 折春おじさんがオリバーで、大魔導士で、こっちとあっちを行き来していて、「謁見えっけんの間」と工場の更衣室がつながっていて……なら、「謁見えっけんの間」から帰れる?

 折春おじさんがウチに何度も来れているんだから、わたしだって行けるんじゃ?


「ね、ねえソリア、わたしそろそろ帰らなくちゃ!」


「アヤの国にですね? でも状況を考えると、アヤがこちらに来たのは、オリバーの影響が大きいと思いますが……わかりました。一度「謁見えっけんの間」に戻りましょう」


 ソリアは少し考えてから、わたしの手を取り歩き出す。

 「巫女の居所」を出て時計回りに回廊かいろうを進み「謁見えっけんの間」へ。

 シルジン王たちはもうこの階にはいないようだった。

 ドアを押し開け入室する。

 

 半球状の部屋の中心。

 そこまで歩き、そこから先がわからない。


「ソリア、あの、どうすればいいんでしょう?」


「正直な話、界を渡るというのは、きっとそうだろうと想像した結果で、わたくしにも手段はわかりません」


 申し訳なさそうにうつむくソリア。

 わたしはポケットから『思石しせき』を取り出して願う。

 うちに帰して、と。

 石の内部はいつものグネグネという動きより激しく、ギュルギュルと動く。

 ただ、動きが激しいだけで、いつものような「まっすぐな光」にはならなかった。


 あの時は、足元に光があった。

 『思石しせき』はあれに反応しただけかもしれない。

 足元の光が扉で、『思石しせき』が鍵。


「帰れない……」


 折春おじさん、どうすればわたしは帰れるの?

 帰れるかもって思った気持ちは、またゆっくり沈んでしまった。


「アヤ、ひとまずわたくしの部屋で落ち着きましょう? オリバーはいつもふらりといなくなりますが、不在にしている期間は長くても二日程度です。彼が戻るまでしばらく待ちましょう?」


 ソリアはわたしの顔をのぞき込んで、右手をわたしの背中に置き、優しくそう言ってくれた。

 それしかない。

 いまは折春おじさんに会えるまで、待つしかない。


 お父さん、お母さん、心配してるかな?

 わたしがいないことで、こっちに来てるかもって思ってくれるかな?

 でも、こっちに来てることに気付かなければ、折春おじさんも向こうでずっと探して、こっちに帰ってこないなんてこと、ないよね?


 悲しくて不安になったけど、ソリアのてのひらが暖かくて、泣かずにすんだ。


 ソリアの部屋に戻り、新しいお茶を飲みながら話をする。

 その前に、トイレも使わせてもらい、洗面で顔も洗った。

 体育着を着替えたかったけど、バッグの中には汗で汚れた部活用のシャツとハーフパンツしかない。

 洗濯はできるのかな?

 ソリアの居室きょしつ、左側手前の扉の中は、洗面台、トイレ、浴槽のあるお風呂などが集まってて、水を高いところまでくみ上げるのは大変そうだなって思った。

 見た感じ、電気製品はないので、髪を洗った後のドライヤーの心配をしてしまったことに我ながら呆れてしまう。

 ついでにバッグの中やシューズから『セイウチの心臓』『チョクレイ』『生命の花』を取り出し『思石しせき』と一緒に巾着袋に入れておく。


「ありがとうございました」


「そんな丁寧ていねいに言わなくても大丈夫ですよ?」


 ソファに座るソリアに感謝を伝えるとそんなふうに返ってくる。

 

「じゃあ、ありがと」


「どういたしまして。それで、アヤの世界とはどんな違いがあるのかしら?」


 ソファに座ったわたしに、トイレや水道などについてだろうか、生活習慣だろうか、ソリアが興味津々きょうみしんしんに聞いてくる。

 大きな違いはないけど、電気製品が無いといった話をする。


「電気、ですか?」


「あ、うん、原理はよくわからないけど、服を洗う洗濯機って機械や、光を出す電灯といったものを動かす力のこと」


「便利そうなものですね。こちらでいうところの魔道具ですかね」


「魔道具って、魔法があるの?」


 そっか、折春おじさんのこと、大魔導士って言ってたっけ。

 わたし自身、お父さんやお母さんのことを魔法使いなんて言ってたから、普通の感覚でいたけど、そもそも『思石しせき』や異世界転移? なんて、まさに魔法じゃないか。


「ええ、厳密げんみつに言うと、様々な属性をつかさどる精霊の力を借りるというものになります。それ以外に、オリバーのような魔導士が作る魔道具によって、火を着けたり、水を出したり、風を起こしたり、光を照らしたり、そんないろいろがあるの」


 精霊と魔道具、じゃあやっぱり、うちの両親は折春おじさんに教わったのかもしれない。

 ひょっとしたら、両親もこの世界に来たことがある?


「これも魔道具なの?」


 わたしは『思石しせき』を取り出してたずねる。


「はい。でもアヤはそれをどこで手に入れたのですか?」


「折春……オリバーさんにもらったの」


 わたしの世界に昔から訪れていたことや、先日、13歳のお祝いにもらったことなどを話した。


「オリバーは何故、アヤの国へおもむいていたのでしょう?」


「さあ、それはわからないよ……」


 折春おじさんがウチの両親に仕事を依頼してたことは、念の為、黙っておこうと思った。もし内緒でやってることなら、折春おじさんにも、両親にも迷惑がかかるかもしれない。

 それと同じ理由で、三つのお守りのことも黙っておこうと思った。


「それにしてもアヤの魔法特性はすばらしいのね。八色なんて初めて見たのよ?」


「魔法特性?」


「ええ、対応する精霊に願ったり、魔道具を効果的にあつかえる適正のことよ。この国では13歳になる年の四の月に、対象となる子供全員に『思石しせき』を配るの。そうして適性を知ることで、王家やさまざまな要職ようしょくへの道につながるの。わたくしも昨年いただいたとき、三つの色が出てホッとしたのよ」


「え? ソリアってじゃあ14歳? そんなしっかりして、いろんなこと知ってて」


 身長は同じくらいだけど、絶対にお姉さんかと思ってた。

 だって、絶対わたしより頭はいいはずだ。


「王家とか、姫巫女とか、生まれたときからずっと、そのための生き方をしてきたから、それしかなかったのよ? だから、同じくらいの女の子とこうして話すのが嬉しいの!」


「お友達とかいないの?」


「わたくしはここを動けないし、普通の人はここまで上がって来れないの」


 ソリアは悲しそうに笑った。


「わたし、ここにいても大丈夫なの?」


「下から上がって来たわけじゃないし、わたしが呼んだわけでもないし、なら、ムトゥ神の御使みつかいであれば、問題ないでしょう?」


 ソリアは澄ました笑顔でそう言うけど、どうなんだろう。

 大聖堂の天辺てっぺんに住む王家のお姫様で巫女みこ

 そんなすごい人のところに急に怪しい人が現れたら、普通もっと大騒ぎになるんじゃないの?

 王様たちも、メイドのカリアムさんも、御使みつかいって言葉だけで納得してるみたいだけど。


「その御使みつかいっていうのは?」


「そうですね、その説明をしておくべきでした」


 ソリアはそう言って姿勢を整え話し出した。

 それはコルドリアの歴史と、来るべき試練の話だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る