第五話 ムト、テストに苦労します
五月の連休も過ぎて、わたしはずいぶんと学校に慣れた。
心配してた名前に対する中傷もとくになく、相変わらず高橋と山岸は微妙な感じでこちらを見ていることがあるけど、わたしとしては正直それどころじゃない事態に直面してる。
もうすぐ初めての中間テストだ。
いろいろと残念な学力であることは自覚してるけど、特にヤバいのが数学と英語。
「あーもぅ、全然わからない!」
テスト前一週間は部活も禁止だ。
帰宅後、自室で机に向かってみるものの、中学から現れた科目が強敵に思える。
いや、英語も算数も小学校でやってきたけどさ、
わたしは『セイウチの心臓』を引っ張り出し握りしめる。
まずは落ちつこう。
視界の先には大事に飾ってある『
こうやって置いてあるときはただの透き通った綺麗なガラス球に見えるのに。
お守りによって落ちついても『
少し反抗期を迎えた子供に、自分のココロはまだまだなんだよって自覚させるような道具なのかもしれない。
折春おじさんは、いつもは見たことも食べたこともない、美味しいお菓子を持ってきてくれるから大好きだ。
だから今回も、最初は嬉しかったけど、いつまでたってもうまくできない『
「お父さん、頭の良くなるお守りか、言語理解の道具とか創ってくれないかなぁ」
わたしは、自分がすでに不思議な道具を使っていることを棚に上げて、そんな願いを口にする。
でもお母さんが言っていたとおり、自分の頭を使わなきゃだめなんだろう。
わかってるけど、努力したってできないものはできないんだ。
お守りを置いて、よし! と気合を入れる。
でも、どんなに気合を入れたところで、わたしのおバカな頭が活性化するなんてことはなかった。
―――――
「お父さん、今日も遅いの?」
夕飯をお母さんと食べながら、ちらりと工場の方へ顔を向けて聞いてみる。
思えばしばらく顔を見てない。
「そうね、ちょっとうまくいってなくてね」
お母さんは、やれやれといった疲れた顔で答える。
いつも元気なお母さんにしては珍しい反応だ。
「わたし、仕事のことはわかんないけど、お父さんがうまくいってないって聞くの初めてかも」
「そうね、たいていのことはなんとかしてきた人なんだけど、今回はね、失敗できない仕事だからね」
「失敗するとどうなるの?」
自営業でも仕事が無くなれば潰れちゃう?
三人で夜逃げしてるイメージが浮かぶのはドラマの影響だろうか。
「人がたくさんし……困るかもね」
折春さんの国に関わることなのかな。
これをきっかけに日本とケンカになっちゃうとか?
「あ、ウソウソ大丈夫よ、基本的にはうまくやってるの。でも、ほらお父さんって頑固でしょ? もっといいものになるはずだ、って気持ちが強くてね」
クラブチームのコーチをしてるときもそうだった。
ほどほどでいいなんて絶対に言わず、もっとできるはずだ、そんなもんじゃない!って想いが強すぎて、たくさんのメンバーが辞めてしまった。
子供に何かを求めすぎるな、真剣にやりたい子供ばかりじゃない、そんな指摘もあって、お父さんはコーチを辞めた。
「ごめんな、お父さんな、やらずに後悔したくないって気持ちが強すぎて、それをみんなに押し付けて、嫌な気持ちにさせたよな」
その時わたしにそう言って謝った、悲しそうなお父さんの顔が忘れられないでいる。
「わたしもテスト勉強を頑張んなきゃ」
「そうね、平均点以上は取らないとね。そうそう『
「わたし、心を落ち着かせる才能がないみたい」
「心を落ち着かせようとするより、何かを集中して願ってごらん?「お守り」が受身なものだとすれば、あれは願いを叶える力があるかもよ?」
「『セイウチ』はともかく『チョクレイ』だって想いに応えるんじゃないの?」
「応えられるのはあなたの持っている力を引き出すだけ。『生命の花』も本来の治す機能を促進するだけ、でも『
「お母さん、あれ使ったことあるの?」
「んー『
お母さんは優しく笑うけど、わたしはなんだか怖くなってしまった。
お風呂上りに、再びテスト勉強にチャレンジしてみるけど、お母さんの言葉が頭に浮かぶ。
『
そっと手に持ってみる。
触れた途端、いつもの虹色のグネグネが始まる。
いつもは心を落ち着かせようとしてたけど、どうか勉強に集中できる頭にしてください。と願ってみる。
頭を良くしてくださいって思わないのは、代わりに大きな不幸でも呼びそうな気がしたからだ。
頑張れる頭にしてもらえるだけでいいです。
後は、自分で努力します。
心を落ち着かせようとしてたときは、結局、雑念でいっぱいになったけど、何かを一生懸命に願ってみると、だんだん心が一本にまとまるような気がする。
目を閉じて願いながら『
ふと気が付くと『
時計を見ると深夜0時を過ぎて、数時間を無駄にしたと青くなりつつ違和感に気付く。
机の上のノートを見ると、記憶に無い、自分の筆跡で書き込みが並び、テスト範囲の練習問題を見るだけで、答えが浮かぶ。
「なに、これ……」
自覚のないまま、少し重く感じる頭と時間を対価に、わたしはテスト範囲の理解ができていた。
―――――
「終わったね~、むーちゃん。どうだった?」
二日間、五教科の中間テストが終わり、のぞみんが部活に行こうと誘いながら聞いてくる。
「あ、うん、まあまあ」
正直に言えば、すごくよくできた。
どの問題も見ただけで答えが浮かんだ。
異常に頭の疲れる勉強方法? だったけど、自覚できないほど集中できる力を得たのかもしれない。
違う意味で結果が怖いなと思いながら部活に行く準備をする。
「なあ、
そんなわたしたちの前に、高橋と山岸が立ちふさがった。
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