第六話 ムト、またまた無双です

「で、今度はフルコートで勝負したいって?」


 体育館に行き、久しぶりの詩織しおり先輩に抱きつかれた後、さきほど高橋と山岸に頼まれた提案を話す。


「はい、フットサルはなんか違うんだそうです」


「体力バカの男子が考えそうなことよね」


 わたしの苦笑に、のぞみんがぷんぷんしながら続ける。


「それで、ムトはどうしたいの?」


 詩織しおり先輩も少し呆れたような顔でわたしの意見を聞いてくる。


「フルコートでやるにしても、人数が足らないけどどうするのって聞いたら、7対7でやりたいって言うので、部長が良ければやってもいいです」


「うーん、さすがに接触プレイがあるときついかな」


「タックルとスライディングは禁止って言ってました」


「ちょっと向こうと話してくるね」


 詩織しおり先輩は苦笑しながら体育館を出て行った。

 男子サッカー部長に確認するのだろう。


「ふっふっふ、やっぱりこうなったか。今こそ真の力を見せるとき!」


 のぞみんがヘンなポーズでヘンなことを言う。


「それって、この前のリベンジがあるって話?」


「そ、だからこっちが得意なフットサルでは、あれを使わなかったんだよ」


 のぞみんは手を口に当てて、くふふと笑う。

 それにしてもテスト勉強でなまった体で、急にサッカーなんかして大丈夫だろうか?勝負の行方ゆくえなんかより、そっちの方がよっぽど心配だ。


―――――


「なんだか悪いな、ウチの一年のわがままで」


「あ、いえ大丈夫です」


 結局、明日以降が雨の予報ということもあり、入念なウォーミングアップを条件に20分ハーフで試合をすることになった。


 顧問の先生が開始のホイッスルを吹く前、対面にいる男子部長がわたしに頭を下げる。

 なんだかんだ言っても、試合が行われるということは、みんなやってみたかったんだろうな。

 男子はリベンジを、女子は勝利の味をもう一度、って。

 特に高橋と山岸の気合がすごい。

 聞くところによると、テスト勉強もせずに公園などで練習を続けていたそうだ。

 そんなに悔しかったのか。

 悔しかったんだろうな。


 相手ボールで試合が始まる。

 フォーメーションはキーパーを除いて、どちらも2―3―1。

 のぞみんがMFミッドフィールドの真ん中で、わたしがFWフォワード

 向こうは、MFの左右が高橋と山岸、FWは男子部長だ。


 序盤は、体力と走力に勝る男子が波状攻撃をしかけてくる。

 とはいえ、力で押し込み過ぎず、高橋と山岸がバランスをうまく取っているのがわかる。

 それでもシュートの際、やはり女子に向かって強く蹴れないのか、フィニッシュの精度を欠いた。

 わたしはオフサイドぎりぎりに位置し、耐えてからのカウンターを狙うけど、DFディフェンスの二人がしっかりとわたしをマークして、さすがに中三の男子二人に囲まれると、恐怖感がすごい。


 結局、男子が優勢のまま0―0で前半が終わる。


「後半、2―2―2で行こう。一年二人、前に出て」


 真剣な表情の詩織しおり先輩の指示に、のぞみんがこっそりニヤリと笑ってわたしを見てくる。

 懐かしいね、二人のツートップ。

 それは最強の名をほしいままにした形。


 後半が始まると、女子のMFとDFはほぼ横並び、ディフェンスに徹する。

 つまり攻撃は、わたしたち二人。

 男子も対応し、3―2―1にする。

 MFに高橋と山岸、ワントップに部長。

 わたしたちに対するのは、二年と三年の男子三人。


 そう、たった三人なんだ。


 小学校の時、フルコートでの試合は11人対11人だった。

 わたしとのぞみんのツートップに対し、相手は3人、4人、5人と増え、二人で全員抜いてゴールしたことだってある。

 つまり、三人じゃ足りない。

 温存した『チョクレイ』の力を解放する。

 一度ボールを持ったわたしたちは、かわし、パスで崩し、ワンツーで、スルーパスで、相手のゴールネットを確実に揺らし続けた。

 試合終了のホイッスルが鳴るまで、二つの小さな風は暴風として吹き荒れ、5対0というスコアを刻んだ。


 気が付くと周囲には多くのギャラリーが集まり、特に女子が熱狂してた。

 

「やったね、むーちゃん!」


 のぞみんが抱き着いてくる。


「ハットトリック、おめでと」


 抱き返しながら祝福を贈る。


「なんのなんの、最後のキーパーまでかわしたやつ、パスしなくても狙えたでしょ?」


「勝負は確率の高い方を選ぶんだよ」


「それ、むーちゃんのお父さんの口癖くちぐせだ」


 そんな風に喜んでると、男子の方が騒然そうぜんとしてるのに気付く。


「おい、大丈夫か!」


「医務室に運べ!」


 そんな声が聞こえる先に、大地に倒れ込んでる男子の姿があった。


「……高橋?」


「そうみたいだね」


 わたしたちは勝利の余韻よいんを仕舞って、同じ部員の元に駆け寄った。


―――――


「……おじゃましまーす」


 のぞみんが医務室のドアを開けながら控えめな声をかける。


 二つあるベッドの窓際に寝かされてる高橋。

 心配そうな顔でかたわらの丸椅子に座ってる山岸が、こっちに顔を向ける。


 前みたいな悔しそうな表情はなく、そこには友人を心配する、しゅんとした中学一年生の顔があった。


「どう? 高橋」のぞみんが聞く。


「疲れだって、ずっとテスト期間でなまってて、急に限界を越えて動いたからだって。今も、寝てるだけ」


「そっか、良かった」


 わたしも、のぞみんも心からホッとする。


「……あのさ、えと、見舞いありがとな、それと、ゴメン」


 山岸は下を向いたまま感謝と謝罪を口にする。


「べつに謝られることはないけど……」


「俺たちさ、クラブのジュニアユースでやっててさ、ホントは中学でも続けるわけだったんだけど、セレクションで残れなくて、しぶしぶ中学の部活に入ったんだ」


「あ、そうなんだ」


 なんとなく聞く流れだねこれは。


「そしたら、部員も少なくて、これじゃ試合もできないって思ったけど、部活には入らなきゃいけないし、そしたら、同じクラスに、前に聞いたことのある女子がいてさ。ジュニアユースで合格したヤツに言われたんだ、西小にどんな男子より上手い女子がいるって、たしか武藤とか言われて、でも名簿見てもそんな女子いなくて、そしたら自己紹介で、ムトって、ああこの女子のことか? って」


「私は出てこないのか」のぞみんは不満げだ。


「あ、いや、武藤と鹿島の二人だよ、でも武藤が別格って言われただけ」


 焦ったような山岸の顔が面白くて、思わず吹き出してしまった。


「……なんだよ」


「ううん、そっか、二人が入学式のときこっち見てたのは」


「うん、あの女子が例の武藤だって、高橋と確認し合ってた」


「わたしの名前が変だと思ったわけじゃないんだ」


「名前? それどころじゃなくて、どうすりゃ実力を試せるか、そればっか考えてた」


 それから山岸は、バカみたいな正直な顔で、フットサルのとき、どんなに悔しかったとか、どれだけ練習したとか、しばらく後に高橋が起きるまで熱弁は続き、わたしたちもなんとなくそれを聞き続けた。

 窓から湿った風が流れ込んでたけど、心はなんとなく晴れやかに感じた。

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