第四話 ムト、部活で無双します

 終業のホームルームが終わり、今日からいよいよ部活見学開始だ。


「むーちゃん、いこ」


 鹿島希望かしまのぞみ、のぞみんがさっそく誘いに来たので、二人並んで体育館に向かう。

 女子サッカー部は基本的に体育館で活動してる。


「わたしたちが入ると何人になるのかな?」


「先輩たちが5人でしょ?最低でも7人だよね」


 わたしの問いに、のぞみんが答える。


「でもそれじゃフットサルの試合もできないね」


「普段は男子も一緒にやってるみたい。あっちも10人いないらしいよ?」


 男女混合か……女子はみんな、わたしと同じ西小の知り合いだけど、男子はどうだろう? 北小が多いって聞いた気がする。


 体育館に着いてみると、半分バレー部、半分サッカー部という区切りになってた。


「おーい、ムトちゃん、希望のぞみ、こっち!」


 遠目から元気な大きい声。詩織しおりさんだ。


「こんにちは手塚先輩」


「こんにちは! 詩織しおりさ、先輩」言いかけて言い直す。


 そうだ、もう中学生なんだから、ちゃんと先輩って呼ばなきゃ。

 ちゃんと言えるのぞみんはえらいな。


「いらっしゃい、一応仮入部期間だけど、どうする他の部活も見てくる?」


 詩織しおり先輩はずいぶん大人っぽくなった。

 背も高くなったし、ショートヘアも似合ってる。

 ニコニコした姿はホント、お姉さんっぽく見える。


「いえ、ここ以外考えてません!」「わたしもここに入部します!」


 のぞみんの勢いにつられ、わたしも早々に入部宣言をする。


「また二人とやれるの嬉しいな。じゃあ更衣室に案内するね」


 それから体育着に着替え、馴染みの先輩たちと顔を合わせ、まずは7人でストレッチしたり軽くパスを回したりする。

 わたしは、室内用のシューズ、グラウンド用のスパイクの両方に「お守り」を仕込んであるけど、その効果を特に意識することはなく、久しぶりに蹴るボールの感触を楽しんだ。


「やっぱうまいよねムトは、将来はプロになれるんじゃない?」


 休憩中、詩織しおり先輩にそんなふうに声をかけられるけど、今はまだ遊んでいる感覚のほうが強すぎて、これを職業にするとか全然考えられない。

 わたしは照れ笑いでその場をごまかした。


「おーい女子! 混合で練習試合やるか?」


 しばらくすると、外で走り込みをしてきた男子サッカー部員が体育館に入ってきた。

 あちらも7人。

 その中に見知った顔があった。

 クラスメイトの男子、入学式の日にわたしを見て、わたしの名前をつぶやいてた二人だからすぐにわかった。

 名前はまだ憶えてないけど、片方は中一にしてはずいぶんと背が高い。

 145センチのわたしより30センチくらい高いように見える。


「せっかくだから女子チームと男子チームでやらない?」


 詩織しおり先輩はニヤニヤしながらそんな提案を返してる。


「……あのな手塚、いくらウチが弱小って言ってもな、さすがにどうかと思うぞ? しかも今年の新人、ジュニアユース経験の二人が入ったんだぜ。おい、高橋と山岸ちょっとこっちこい」


 男子のおそらく部長さんが呼んだ二人は、わたしたちのクラスメイトだった。


「うちのクラスだよね」のぞみんが耳元でつぶいてきたのでうなずきで返事をする。


「ほれ、こっちが女子の部長、手塚さん」


「よろしくお願いします!」


 体育会系っぽいしっかりした挨拶だ。

 その高橋と山岸の二人が、ちらりとこちらを見た気がした。

 変な名前のヤツがいる。

 そんな風に思われているのかもしれない。

 なにせ、あのとき二人してこっちを見て、わたしの名前をつぶいたのは事実なんだ。


「よろしくね、こっちも期待の新人が入ったからね、ムトちゃん、希望のぞみ、おいで」


 それからわたしたちも男子部員に挨拶をした。

 自己紹介で笑う人はいなかったけど、なぜか視線を感じる。

 こんなちんちくりんがサッカーをするのがおかしいと思われてるのかもしれないな。


 気が付いたら、女子対男子で試合が始まろうとしてた。

 わたしはサッカーで言うフォワードの位置、フットサルのポジション名で言えばピヴォだ。

 久しぶりの試合、相手は男子、対面のピヴォは、背の高い高橋。

 山岸もミッドフィールド、右のアラの位置。

 のぞみんが左のアラだから、それに合わせてきたのかな?

 なんとなく、すごく意識されてる気がする。


 試合は、結論から言うと、女子チームの圧勝だった。

 わたしものぞみんもボールは一度も奪われてない。

 接触プレーが禁止されているフットサルなら、ボールコントロール、いや、ボディコントロールだけで相手をかわせるし、のぞみんとのやりとりは慣れたものだし、なにより男子はフットサルに慣れてなかった。

 何度か足をかけられそうになったけど、触れられてたまるもんか、と頑張った。


「……うそだろ、なんで、こんな、大差に」


 ぜいぜいと荒い息をつきながら男子部長がつぶやく。

 高橋と山岸は途中から交替させられ、しょんぼりと座ってた。


「ふふん、西小のクラブチームで天才の名をほしいままにした二人だからね! 人数が足りずに試合は少なかったけどさ」


 詩織しおり先輩が嬉しそうに答える。


「お前が威張いばるな、それにしても、スゲェな二人共、いやな、手塚が今年は大会で優勝する! って言ってたから、何言ってんだって思ってたんだけど、確かにそう言うのもわかるよ」


「ま、人数が少ないからフルコートは無理だけどね、フットサルの大会が楽しみだよ」


 詩織しおり先輩の意気込みに、そっか大会に出られるのか、と嬉しくなった。

 小学校のときは、普通のサッカーの試合に男子に混ざって何回か出たけど、高学年のときは人数が足らなくて、いつも練習ばっかりだった。

 それでも、フットサルの大人チームを相手に練習試合はたくさんした。


「楽しみだね、むーちゃん」


 のぞみんが背中に貼りつきながら嬉しそうにつぶく。


「ホントだね、楽しみ」


「ね、今日って使ったの?」


 のぞみんの、そのささやきは「お守り」のことを言ってる。


「仕込んであるけど、あんまり意識しなかったかも、のぞみんは?」


「私ね、今日は使ってないんだよ」


 のぞみんには、両親の許可をもらってスペアの『チョクレイ』を貸してある。


「そうなの? それであれだけできるの?」


 さすが努力家ののぞみんだ。

 わたしはどうしても不安に感じることが多いから「お守り」に頼ってしまう。


「へへ、ちょっと考えることがあってね。ね、それよりあの二人、悔しそうだね」


 のぞみんは高橋と山岸に視線を送る。

 わたしはちらりと見てみると、なるほど、こんなはずじゃない、女に負けて情けない、といった感じの、マンガ的に言うと「ぐぬぬ」って声が聞こえてきそうな表情をしていた。


「でもフルコートのサッカーじゃ負けないって顔に見えるね」


 私がのぞみんに苦笑交じりで言うと。


「ほんと、そんな顔だよね。後で勝負しろとか言ってきそう」


 二人でくすくすと笑う。

 こうして、中学校での部活生活は始まったんだ。

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