第三話 ムト、折春おじさんにお祝いをもらいます

「そうそう、ムトゥが進学するということで、お土産を持ってきましたですよ」


 折春おじさんは日本語の発音が少し変だ。

 わたしのこともムトじゃなく、ムトゥって語尾ごびを巻いて呼ぶ。

 でもその言い方は嫌いじゃない。

 なんとなく、柔らかく聴こえるんだ。

 折春おじさんはポケットから三センチくらいの光る球を取り出し、わたしに差し出す。


「きれい……」


 まるで中に光る液体が入っているみたいで、ゆらゆらと白い光が揺れてる。


「どうぞ、差し上げるです」


「ありがとうございます!」


 そっと渡されると、暖かく、光のうねりも白色から多彩な色に大きく変化した。


「ほう、虹色ですか」折春おじさんは小さくつぶやいた。


「いいんですか? 高価な、なんでしょう?」


 お父さんが少し不安そうな声で折春おじさんに聞く。


「ワタシの国では、13の歳に守護神の加護かごさずかるのがならわしでして、ムトゥにも、ね」


「わたしまだ12歳ですよ?」


「ワタシの国では、四の月の初めに一斉に誕生を祝うのです、だからムトゥも13歳ということで大丈夫です」


「それにしてもきれい、これはなんていう石なんですか? 生きてるみたい」


「ふむ、それは持つ者の心に反応して色を変える『思石しせき』という石です。意志が強ければ強いほど、まっすぐな光になるのです」


「まっすぐな光?」


「使い方としては、光が揺れないようにさせるのです。心に不安が満ちて、落ち着かないと、その心を映し出し〝ぐねぐね〟するです」


 折春おじさんは、わたしの手から『思石』をひょいと取り上げる。

 すると、石は真っ白の光で満たされた。


「心の鍛練たんれんに使うです。いつでもすぐに心を落ち着かせられるように、子供たちはみなこれで練習するです」


 そう言いながら、わたしへ石を渡してくる。

 わたしの手の上に置かれた石は、やはりゆらゆらと、いろんな色が混ざってた。


「うん、わたし訓練する!」


 難しそうだけど、面白そうだ。

 新しい生活が始まって、いろんな不安があったけど、これを使えばゲーム感覚で落ち着けるかもしれない。


 折春おじさんはニコニコしたまま、ひげを汚さずにコーヒーを飲んだ。



 お父さんから、折春おじさんと仕事の話をするからと言われ自宅に戻った。


「お母さん、折春おじさん来てた。これもらった」


 わたしは台所で夕飯の支度を始めようとするお母さんに『思石しせき』を見せながら報告した。


「そうなの? 聞いてなかったな。なにそれ綺麗ね」


 お母さんは、光揺れる『思石しせき』をまじまじと見る。


「持つ人の心を映すんだって」


「ムトちゃんの心、ね、なるほど」ニヤリと笑うお母さん。


「お母さんも持ってみてよ」


「嫌よ、大人には必要ないの。ちょっと挨拶してくるわね」


 笑いながらそう言って、お母さんは自宅を出て行った。

 お母さんが持ったら、ひょっとして真っ黒い光が渦巻いたりして。

 そんな想像をしながら部屋に移動し、真新まあたらしい制服から私服に着替える。

 ベッドに寝転がりながら、朝に感じていた、ゆううつな気持ちがすっかり無くなってることに気付く。

 やっぱり、自分の名前を言うってことが、わたしにとって大きな出来事で、ひとまずそれを乗り越えたことでホッとできた。

 それでも、明日から本格的に始まる新しい生活に不安は残る。

 勉強、運動、部活、そして新しいクラスメイト。

 この前までランドセルを背負ってた小学生時代は、やっぱり子供だと思う。

 それから数日、制服を着てみると急にお姉さんっぽく感じたけど、中身なんかぜんぜん変わってない。

 周りから、中学生、中学生って言われると、なんとなく早く大人になりなさいってかされている気がして、頑張ろうとする気持ちと、まだまだ子供でいたいな、という気持ちが一緒にある。


 手に持った『思石しせき』は、そんな心の不安を表すかのように、いろんな色が不安定に揺れ動いてた。

 それから、夕食に呼ばれるまで頑張ってみたけど、その動きは収まりそうになかった。


―――――


「これからしばらく、また忙しくなるよ」


 夕食の席、お父さんはそう言った。


「折春おじさんの仕事?」


「うん、ずいぶんたくさん仕事をもらったよ」


 お父さんは少し苦笑しながら答えてくれた。


「じゃあ、お母さんも忙しいの?」


「今回はあんまり出番はないかな、指示はずいぶん明確だから、デザイナーの出番はないのよ。でもお父さんの手伝いをするから、家のこと、ムトちゃんにもお願いするからね」


「部活が始まればわたしも忙しくなるよ」


 家事が嫌なわけじゃない。

 苦手なだけ。


「まだしばらくは本入部ほんにゅうぶにならないでしょ? それにサッカー以外にやりたいこと見つかるかもだし」


「え? サッカーやるよ? 詩織しおりさんと約束してるもん」


詩織しおりちゃんって手塚さんだっけ、今度三年生?」


「うん。女子サッカー部の部長なんだって」


「女子のサッカー部員ってそんなにいるのか?」お父さんが聞いてくる。


「クラブチームでお父さんが指導した子たちばっかりだよ? 人数は5人しかいないから、基本はフットサルなんだって」


 数年前まで、お父さんは小学生を対象としたクラブチームのコーチをしていた。

 その時、わたしも含め多くの女子が加入し、その流れが今の中学に女子サッカー部を創設したって聞いた。

 そんな事情もあるから、なおさらわたしが入部しないわけにはいかないでしょ?

 まあ好きだからいいんだけど。


「そっか、みんな頑張ってるんだな」


「お父さんもたまには運動したほうがいいよ? 最近仕事ばっかり」


「そうね、今度の仕事が一段落したら、少しのんびりしたら? ムトの言う通り、ちょっと働き過ぎかも」


「そうだな、今回、納期と内容がちょっとハードだから、終わったら旅行でも行くか」


「あらいいわね、どこにする? 海外?」


 そんな会話の中、そういえばと聞いてみる。


「ねえ、折春おじさんってどこの国の人なの?」


 両親は動きを止めた後、顔を見合せて視線だけで会話をしてる。

 そんなやりとりを終えて、お母さんがわたしを見て小さな声で言う。


「えっと、ムトちゃん、これは機密事項きみつじこうで内緒なの」


「……折春おじさん、ひょっとして悪い人なの?」


 私の頭の中には、悪の組織といった言葉が浮かぶ。


「違う違う、それは全然大丈夫。その辺の話は、いずれ折春さんが教えてくれると思うわよ」とお母さんは笑いながら話す。


 いつもふらりと訪れて、気が付くといなくなっている折春おじさん。

 そう言えば、車を見たこともないから、歩いてくるのかな。

 

 何故だか、空を飛んでやってくるイメージが頭に浮かんだ。

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