菓子植物園

宮瀧トモ菌

かししょくぶつえん

 ここは緑のその、植物園。草木であふれる施設には、美しい花や緑に囲まれた空間を求めて、今日きょうもちらほらと人がやってきていた。

 その中に男性客が一人ひとり。園内を一周したつもりでいたその男が、帰りぎわ初見しょけんの建物を発見した。ガラス製の温室だ。先ほどおとずれた熱帯植物の温室と比べても規模にそんしょくはない。男は足を止め、その入り口にかかげられた『菓子かし植物』という看板を見上げた。

「菓子植物、ってなんだ。裸子らし植物なら聞いたことあるけど……」

 大きなひとり言を発した後、男がガラスのとびらを開く。

 部屋を十字に区切るのはいしだたみの道。そのれん色の道と青々とした草木が対象的にうつる。天からす陽光がさえぎられることなく空間に広がり、背の低い木々が道に沿って並んでいる。音もなくとびらが閉じた時、男は室内が野外よりもすずしく、湿度も幾分いくぶんか低く設定されていることに気がついた。

 男がキョロキョロしながら歩いていると、向かって右手から一人ひとりわかい女性があらわれた。手に大きな道具箱を持ち、STAFFと書かれたモスグリーンの作業着を着ている。男はその職員らしき女性に声をかけた。

「あのーすみません。おたずねしたいことが……」

「はい、どうなさいましたか?」

 女性職員は優しい笑顔で対応した。男は質問を続ける。

「入り口に菓子植物って書かれてたんですけど合ってますか? 見たところ変な物もないし、しょくかな?と思いまして」

「あっ、植物園だけにしょくではないかということですね? 植物園だけに」

「いやそんなくだらないこと言ったつもりはないんですが……」

 職員はニコニコしたまま答える。

「そうですか。なにはともあれ、ここは菓子植物のブースで間違いありませんよ?」

「あっ、合ってるんですか。でもぼく聞いたことないんですよ。それってどういった物なんですかね?」

「でしたらわたくしが解説いたしますので、ご一緒に見ていきましょう。そうですねぇ、例えば、これなんていかがでしょうか」

 そう言って職員が案内した先には、地面からみどり色の棒がニョキニョキとびていた。見た目は土筆つくしており、草丈くさたけが十センチ弱。よく見ると等間隔とうかんかくにくびれのようなふしがあり、黒いつぶが所々にくっついている。

 職員は男に「こちらはア〇パラガスのになります」と伝えた。近くで見ようと中腰になっていた男はに落ちない表情をした。

たしかにアスパラですけど、先端も丸いしあまり見ない品種ですね……」

「よくお気づきになられた。事実、この植物は野菜のアスパラとは全くことなる植物なんです。なのでベーコンを腹巻はらまきにしたがることもありません」

「いや別にあれアスパラの意思でいてないですから。あのベーコンはしょう対策じゃないんですよ」

「まあかくあの野菜ではなくてですね、こちらはビスケットのほうのア〇パラガスなんです」

 まず紹介されたのは、ビラビラな袋が金色のビニールタイでくくられていそうなステック型のビスケットだ。

 今、目の前にある植物は瑞々みずみずしい緑色をていしているが、確かにあれと同じ形状である。それが何本も大地からき出している。

「えっ! あのお菓子ってこんな感じでえてくるんですか!?」

 男は単純におどろいた。そしてたなに並ぶ前の姿を観察し直し「はやこれ、ただのアスパラじゃないですかぁ! 下手へたしたら本家さえもえる勢いでアスパラですよ!」とよく分からないことを言った。

「しかしア〇パラガスは商品名ですからねぇ。この子達のしんの名は、アスパラガスモドキ」

「アスパラガス!」

 男はしょうげきをもって和名をり返した。それは不思議と存在してもおかしくないと思わせるひびきであった。

「あ、ごぞんないですか? こんなにモドいているのに?」

「知りませんよ。そもそも植物だったことにおどろいてるんですから……。あとモドくってなんですか」

 もどくとは真似まねる・せるという意味の実在する動詞である。

 しかし職員はその問いに答えることもなく少々こまり顔で「そうなんですよ、いまいち存在をにんしてもらえなくて……」とぼやいた後「やはりいばら県でしか栽培さいばいされてないのが原因なんですかねぇ」と続けた。

「え、これいばらの特産品だったんですか」

「はい、製造所が有りますので」

 職員は丁寧ていねいに返答した。男はよく理解しないまま「はぁ、そうですか」と適当に答える。

「まぁ説明はこんなものですかね。よろしければ次にまいりましょうか」

 営業スマイルを取り戻した女性職員が次なる菓子植物へと案内する。れんの道を少し進むと、そこには数本の樹木がそびえ立っていた。

 高さはおそらく五、六メートル。こけ色のみきからびた枝はゴツゴツとした質感で、葉先ようせんの丸いりょくようが日光を求めてしげっている。葉の様子はほおの木にており、六つの同大葉片ようへん輪生りんせい的に並んでいるものが多かった。

「この高木こうぼくはですねぇ、見ての通りヨーロッパ原産の常緑じょうりょくじゅでして――」

「いや見ただけじゃ分からないですけども」

のちに果実がお菓子に加工されるという、まさに『お菓子のなる木』なんですよ。……そうですねぇ、あの辺にがなってるのが見えますか?」

 職員の指さす枝の先には果実がまばらにれ下がっていた。その大きさとえ方はサクランボにている。しかし一見すると形状が正六角柱で、いろあつさはしょう大駒おおごまのようだ。

随分ずいぶん角張った木の実ですね。これこれていう植物なんですか?」

「パイノキです」

「パイノキ?」

 まゆをひそめた男に職員は「要はパ〇の実がなる木というわけですね」と説明した。

「えっ、あのお菓子って果物くだものだったんですか!」

 男はまたもやおどろいた。職員は少しあきれたように質問する。

「逆に今までなんだと思ってたんですか」

「いやお菓子ですよ! 普通にお菓子という認識ですよ」

ちがいますよ、ここにあるのは全て菓子植物なんですから。ほら、解説パネルにも書いてありますよ?」

 パイノキの根元には、この植物の基本情報や研究の道筋をさいした二つのパネルがさっていた。その解説文の一行目に『菓子 じゅんチョコレート菓子ぞく パイノキ』と書かれている。

じゅんチョコレート菓子ぞく!」

 男は種類別名称が属名ぞくめいになっていることに目を丸くした。

 職員はいたって真面目まじめな態度で解説を再開する。

「そちらのパネルにもある通り、これは安定して実らせるのがようでない植物でして、栽培法が確立されるまでパ〇の実は今ほど一般にきゅうしていませんでした」

「はぁ、そんな歴史があったとは知りませんでしたけど……」

勿論もちろんその栽培法は企業秘密とされていますので、ここでは独自の方法をさくして育てていますが、やはり実りが良いとは言いがたいですね」

 男は「へぇ〜、植物のプロでも難しいんですね」と言ってパイノキを見上げた。

「他にこの木のとくちょうげますと、品種によって結実けつじつの時期が大きくことなりまして、冬季にしかしゅうかくできない品種などは期間限定商品になっています」

「え、期間限定ってそんな理由で決まってたんですか」

「あ、ごぞんなかったですか?」

 事実、菓子植物は未知の雑学の宝庫である。

「……でもそれだと定番のオリジナル品種はどうやって通年つうねん売られてるんですかね?」

促成そくせい抑制よくせい駆使くししてどうにか間に合わせていると聞いています」

「はぁー、商品はたゆまぬ企業努力の賜物たまものというわけですね?」

 職員はうなずきながら「まさに」と相槌あいづちを打ち、「本当に企業様には頭が下がります」と言ってしゃくした。

「じゃあこの木もお菓子になるんですか?」

 男は向かい側の木を指さした。その樹高は人の背丈ほどで、枝葉がひしめき合うようにして密集している。その葉が見事に紅葉こうようしており、生垣いけがきになりがちなベニカナメモチと全体的にこくしていた。

 職員は「はい。この枝がお菓子に加工されています」と言って手を伸ばし、紅白カラーの剪定せんていバサミで枝の端を切り落とした。そして赤い葉が二、三枚付いた収穫物を男に手渡す。男はしげしげと枝の切れ端を見つめた。

なんかドロっとした物が出てますけど……」

 切断面からみ出ている黒色の液体を見て、男は少しげんな表情を浮かべた。

「それはじゅう組織にたくわえられていたチョコレートです」職員がさわやかに答えた。

「あ、チョコって樹液じゅえきだったんですか」

 男は次第におどろかなくなってきている。

「この木にはですねぇ、秋から冬にかけて樹皮下のチョコ貯蔵ちょぞう量を増加させる性質があるんですよ。というのもチョコレートには多くの動物にとって有毒なテオブロミンがふくまれていまして、冬場の動物が空腹しのぎに樹皮を食べることがあるんですが、それをふせぐ効果があると考えられています」

成程なるほどしょくがいへの抵抗ていこうというわけですか。それじゃあ、この樹液をかためたのがチョコレートに?」

「いえ、実際の工程は落葉したら剪定せんていしまして、落とした枝を乾燥かんそうのちに表皮を取りのぞいて完成です。それをふくろめした物が〇枝として販売されています」

「へぇー、そうだったんですかぁ」

 一頻ひとしきり感心した男が小さな枝を職員に返すと、職員はそれを道具箱のような物に入れた。その箱の中は大量の保冷剤で満たされていた。

「あ、それクーラーボックスだったんですね」

「はい、他にも採取さいしゅした物があるんですよ、見てみますか?」

 職員はげん良さそうにクーラーボックスから二股ふたまたに分かれた黒い枝を取り出した。葉は一枚も無く、枝に直接くっつくようにして白色の丸い果実がみのっている。

「これはアイスノキです」

「うわーすごい、蓬莱ほうらいたまみたいになってますね!」

 男は目をかがやかせた。

「これは北欧ほくおうなどの寒帯地域原産でして、はジェラート状なんですが冬に結実けつじつするので溶ける心配はないんですよ。日本に来る際も冷凍船で運ばれています」

「あ、ア〇スの実って輸入されてたんですね」

「一応、品種によっては国産の物もあるんですが……。あっそうだ、もし興味がおありなら是非ぜひ奥の冷凍室までおしください。今ならアイスりの体験コーナーやっていますよ?」

なんですかそのイベント。めちゃめちゃ楽しそうじゃないですか」

 職員は「ふふふ、ありがとうございます。まあ宣伝はこれぐらいにしておきまして」と言いながらアイスノキを大きなクーラーボックスに戻し、ついでに話も戻した。

「先ほどの〇枝がたくわえているチョコレートなんですけども、じつはあるキノコにねらわれてるんですよ。……まあこのキノコがどのお菓子になるのか、もうなんとなくお気付きかと思うんですが」

「あぁそうですね。どうせ『き〇この山』ですよね」

 職員は「ご名答めいとう」と小さく拍手した。「あのキノコはですね、植物の根元にくっついてチョコレートを吸収しかさにその毒をめ込んでしまうんです」

「あれって毒キノコだったんですか」

勿論もちろん人間に害はないんですが、ほとんどの動物はその毒をおそれてせっしょくしません。はと〇ブレーや名菓ひ〇子などの菓子動物どうぶつも同様です」

「菓子動物……。でも菓子植物がいるなら菓子動物もいて当然か」

 男はブツブツつぶやきながら納得した。

「と言っても菓子どりの大半は天敵である人間や南〇白くまに食べられちゃうんですけどね」

「白くまってあの、練乳かき氷の?」

「はい。なんせホッキョクグマは食物連鎖の頂点ですから」

「あぁ成程なるほど。へぇー、こうしてお菓子の生態系ができあがっていくんですねぇ……」

 男はしみじみと自然の不思議をめた。女性職員は真剣なまなしで語り出した。

「生態系というのは様々な生物達のぜつみょうなバランスで成り立っています。生産者、消費者、分解者。それぞれが役割をもって生態系を形成しているんです」

 次第に職員の演説に熱がび始める。

「なので環境せんなどによる種の絶滅ぜつめつは生態系に大きな影響をあたねません。その影が菓子どうしょくぶつおよべば、我々われわれの生活からお菓子が消えてしまうおそれだってあります」

まわまわって自分達の身に降りかかるということですか」

「そうです。だから我々われわれは、しんに環境問題とたいしなくてはなりません。今がその時です」

 こぶしにぎり、力強く演説する職員に、男は「いやー素晴すばらしい。職員さんの言う通りですよ」と手を叩きさんおくった。意見がいっした二人は今後も環境問題へのけいしょうを鳴らしてゆくとかたちかい合うのであった。


 ここで、このコントを最後まで読んだ貴方あなたにも環境について考え、できることから始めてもらいたい。STOP温暖化。STOP環境問題。合言葉は、子供達の笑顔と明日あすのおやつをまもるために。


 完

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菓子植物園 宮瀧トモ菌 @Tomkin2525

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