第67話

 陽に影が差しいよいよ暮れて肌寒くなると僕はベッドに丸まって寝そべり自身の肩を抱いた。震えは止まらず、心細く、さりとて能登幹とは会いたくないような、そんな矛盾を抱えた心境で息を殺していた。時計を見ないように見ないようにしていたが、時の進みは止まる事なく、十七時の鐘が耳に届く。奴がいつ帰ってくるかは分からなかったが、いつ帰ってきてもおかしくない時間。刻々と、刻々と、ひたすらに、刻々と、世界が流れ、流れていくのだった。




 鐘の音から間もなく、扉がガチャリと響いた。それは桑谷女史が無遠慮に開けた時と違って、非常に繊細で、弱々しい力によって開かれたもので、いつも聞いていた、いつもそ側にあった、慎み深い調だった。



「あれ? 寝てるのかい?」



 能登幹はいつもの調子で、それまで色々考え込んでいた自分が馬鹿らしくなるくらいに平常通りであった。



「体調不良で早退したんだから、そりゃあ寝てるさ」



 変調が悟られないよう布団で口を押さえて喋るも、やはり声が変な気がした。いや、確実におかしく、誰が聞いても首を傾げるような、異様さだったに違いない。



 だが、能登幹は何も言わずに、こう続けた。



「君は、寂しくないかい? 僕がアメリカに行って」



 平常通りの、いつもの柔らかい声だった。なのに、何故だか僕はその中に悲壮を感じ、チラと能登幹の顔を覗く。すると目に映ったのは、酷くやつれた青白い友人の姿だった。


 僕は、アメリカへ行くと言ってからまともに奴を見ておらず、この時初めてまじと見据えたのだったが、もしかしたら、ずっとこんな、幽霊みたいな様子だったのだろうかと考えてしまうと、目頭から熱いものが一雫落ちるのだった。

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