第66話

 再度一人。だが、今度は取り留まり、落ち着く。人と話をして幾らかノイズが取り払われたのか、頭の中はすごぶるクリアな状態となっていた。けれど、やはり能登幹へ向ける言葉は浮かばず、結局「なるようにしかならない」とごちてベッドに横たわり目を閉じたる。微睡の中何を考えていたか覚えていないが、恐らく奴と共に過ごした日々について想いを馳せていたような気がする。そうでなければ、夢の中に奴が現れた説明がつかない。




 そうだ。僕は夢を見たのだった。能登幹と共に進学して、二年目の高校生活を送る、そんな夢を。

 夢の中で僕達は一緒だった。同じ制服を着て、同じ部屋で過ごし、同じ学校へ行って、休日に桑谷女史達と、例の、他称風の歌を聴く会のメンバーでどこぞこへと遊びに行く話をする、そんな夢だった。夢の中の能登幹はいつもの微笑を浮かべていて、僕も一緒になって、頬を緩めていたような気がする。皆で笑って、あぁでもない、こうでもないと……




 目が醒めると、まだ一人だった。時計の針は午後三時。能登幹がいるはずもないのに、僕は奴を探してしまい、孤独に震えた。先まで見ていた夢のような生活は二度とできず、これからずっと能登幹に会えない。そんな現実が頭で考える前に神経を伝わり、少しの間もなく僕に涙を落とさせたのだ。桑谷女史が払ってくれた暗雲が再び立ち込め、冷雨が打ちつけるように僕の心を凍えさせる。寒い、寒い。


 別れがこんなにも辛いだなんて、僕は知らなかった。

 息を吐く度に咽ぶだなんて、想像もしていなかった。

 自分自身がこんな風になるだなんて、思いもよらなかった。


 果たして能登幹はどうだろうか。僕と同じく、惜別の不幸に佇み、涙を流したりしているのだろうか。いくら僕を好きでも、本の一年ちょっといただけの人間と別れるくらいではこうはならないだろうか。もし、能登幹が僕と同じように悲しんでいたら、それは幸か不幸か。



 僕は、酷いやつかもしれないが、能登幹も悲しんでいてほしいと、祈る相手もいないのに願っていた。涙がとまらないままに。

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