第63話

 都会に住み、育ちも良く礼儀作法にも精通しているであろう彼女の姿が田舎の芋と被った。人生の環境がまるで違うのに、お嬢様の本質は愚劣極まりない低俗なもののように思え、僕は失望したような気分となった。



「あの日、能登幹さんと一緒に私の宅にいらしたでしょう? 彼、その時に仰ったったの。僕は友君が好きだ。愛しい人だ。って。私、その言葉を聞いた時思わず声を上げてしまったわ。だって、男性が男性を好きだなんておかしな話じゃない。なんだか獣を前にしているような気がしちゃって、逃げ出してしまったの」


「……」


「あ、心配しないでちょうだい。この事は誰にも話してないから。こんな事、恥ずかしくって誰にも聞かせられないわ」


「……」


「それにしても、同性愛者だなんて、穢らわしいわ」





 明確な怒りが僕を支配していた。能登幹への侮辱が僕から理性を奪い去り、渇いた音も、右の掌に残る熱も、認知するのに数秒を要した。



「……」


 無言で睨むお嬢様を前に、僕は驚くほど冷静になっていく。男としてやってはいけない事をしながら自身の行動に一点の悔いも憂いもなく、お嬢様に向ける言葉が頭に浮かび、口から流れていった。



「他者を侮蔑し嘲笑するほど下品な行いはない。聞くに堪えないばかりか、怒りすら湧く。ましてやそれが友情についてだったら尚更だ。君は人をあぁだこうだと品評するより、まずは自分自身の価値について疑いの目を向けるべきだろう」



 かつてないほど僕は饒舌だったが、続く事はなかった。お嬢様が去り、喋る相手がいなくなったからである。


 その際彼女は、「貴方も気持ちの悪い人間の仲間という事ね」と捨て台詞を吐いていったが、あまりに哀れで、言い返す気も起きなかった。いや、それよりも、僕はこのいざこざでようやく踏ん切りがつき、何をすべきか自身の中で答えが出たので、お嬢様にかまっている暇がなくなったのだ。



 能登幹に、僕の気持ちを話す。



 燃え盛る使命感が心に宿っていた。僕はその日、学校を早退し、気持ちの整理をつける事にした。

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