第62話

 僕には能登幹が自死を選択するのではないかという懸念が生まれた。奴が道直の言葉を吐いたのは超自然的なメッセージなのではないかと益体もなく妄想し、愚かにも恐れた。もし能登幹までが世を儚み去ってしまったら僕は生涯孤独となり、これから先、どれだけ友人や恋人かできても、心に空いた穴はきっと埋まらず、吹き荒む隙間風に身を震わせるに違いないと、そんな風な事を思っていた。そうなれば、僕は全ての不幸を背負ってしまう。尊ぶべき友情を失い寂寞に身を置く人生を、果たして僕は許容できるだろうか。悩み事がまた一つ増え、眠れない日が続いた。





「最近、様子が変なんじゃないかい?」



 僕を案じる能登幹の言葉に「平気さ」と返す。何一つ平気ではなかったが、己が意気地なしににより生じてしまった苦衷くちゅうを打ち明けるのは恥ずかしかった。


 そしてまた時が過ぎる。そう、時が過ぎる。時が過ぎていくのだ。にも関わらず、何もできぬまま、眠れぬまま、死を恐れながら、僕は止まり続けるしかなかった。そしてとうとう能登幹が経つ前日となる。その際に、僕は堤のお嬢様に話しかけられたのだった。



「愛しの能登幹さんがいなくなるなんて、寂しいんじゃなくて?」



 愛しの能登幹。彼女は奴をそう評した。



 間違いなく知っている。能登幹の事を、僕に対する気持ちの事を。だがなぜ。誰から聞いたのだろうか。もしや桑谷女史だろうか。いや、それはありえない。彼女は確かにやかまし屋だが、他人を蔑んで嘲笑するタイプではない。であれば、答えは一つ。能登幹本人から、直接聞いたのである。


「奴が、何か言っていたのかい?」


「えぇ。愛しい人だって」


 お嬢様の口調は侮蔑的で、憎しみに満ちていた。それは、僕が嫌悪していた、田舎に住む人間達が噂話をする時と、まったく同じものであった。

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