第61話

 田舎に住んでいた頃、形上の友人はいた気がするが、それはあくまで互いの関係性を無理矢理カテゴライズしただけであり、真の意味での友情はなかった。

 難儀な事に、僕はその、真の意味での友情を能登幹に感じてしまっていた。奴との複雑怪奇な間柄にはほとほと嫌気が差すばかりだが、そうなってしまったものは仕方がなく、僕は初めて感じる深い友愛の念を、同性への愛を持つ人間に抱いてしまった数奇に対して向き合わなければならなかった。

 しかし、いくら逡巡しても思考は泡と消え、筋道が開かれる事はなかった。奴に対して申し訳なく思う気持ちと、どうして僕なんだという怒りが取り留めなく浮かぶばかりである。だが、もし奴が僕に性愛の情を向けなければ、僕も奴を親友であると認識しなかったかもしれない。得難い人間と知り合えない孤独を嘆くか、親友と生涯埋まらないであろう溝を挟んだままとなるか。いずれが不幸であるかは、比べようもないのだが、比べずにはいられず、無為な日々を過ごす。答えの出ない不毛な問いをひたすら考え続けるのは、苦しくも甘美であった。


 その間にも月日が経ち、春の予兆が大気に現れ始める。霞む空に、色よく染まっていく大地。命の音が、確実に響いている。能登幹との別れは近い。




「人間はもっと自由であるべきだよ」



 その言葉聞いたのは寮室である。

 言わずもがなそれは道直の言葉であるが、発したのは能登幹だった。奴は、一字一句違わず、いわ、呼吸の間さえ等しく、道直と同じ事を言ったのである。



「それは……」



 そこで言葉が詰まる。続きを述べる、一歩踏み出す勇気が、僕にはなかった。

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