第10話

 能登幹がどうして陰鬱としたのか当時の僕は分からなかったがどうやら女が苦手なのであろうと推し量り納得する事とした。奴は老若男女問わずへらへらとべらべらとお喋り通すのだが、級友を前にした時と女生徒を相手にする時では微妙な変化があった。その差異がどのようなものであるかは感覚的な推察であるため言語化できないのだが、僕や級友達が見せるような下心と恥ずかしさに彩られたものではない事は確かで、遠慮でも嫌悪でも親近でも自然でもない、もしくはそれら全てが内包されたような、複雑怪奇な感情が入り混じった不可思議な立ち振る舞いとなるのだった。奴のそうした反応をどうカテゴライズしていいか分からなかった僕はひとまず女が苦手という風にしておく事とする。そう考えるのが一番気楽だっというのもあったかもしれない。

 しかし、苦手だからといって交遊を断つわけにはいかない。僕も能登幹も級友達とは同じ学舎に入ったよしみとして建前だけでも仲良く和を保たなければならない定め。能登幹の奴はそんな事どうでもいいと涼し気にしていたが、共同生活を送るうえでそんな勝手が許されるはずながなく、やはり享楽に殉じなくてはならない。若者はすべからく青春を謳歌すべきなのである。


 それは夏と梅雨の間で、じめとした空気が熱を帯び始めた時期。例の桑谷女史が、例によって弁当を囲んでいる中に割って入り、例の如くお誘いにやって来たのだが、その内容は例にないものであった。


「次の日曜日にみんなで遊びにいきましょうよ。勿論、友ちゃん(僕は軽視されていたためそうあだ名されていた)や他の男子も一緒に」


 具体的な日時に加え能登幹以外の帯同も許可する提案を聞き僕は以外に思ったが、周りにいる女生徒の反応を見てすぐに理由が分かった。「将を射たんと欲すれば」要するに、桑谷は能登幹を我が者とするため外堀を埋めようという魂胆であり、周りでクスクスと、或いはニヤニヤと笑う女生徒も同じ一物を腹に隠しているという具合であるに違いなかった。なんとまぁ強かなものだと感心した僕は二つ返事で「行こうか」と賛同。わざわざ嫌な顔をする能登幹にも同意を取り付けた後、他多数の級友も誘いグループ交際の体で桑谷お墨付きのもんじゃ焼き屋へ行く事になったのだった。無論、僕に下心と恥ずかしさが混在した情念があったのは言うまでもない。

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