第7話

 様々なアクシデントに見舞われつつなんとか入学式を迎えた僕はようやく夢の高等学校生となったわけだが能登幹の煩わしさは筆舌に尽くし難くまったく迷惑千万な厄介者として同居の苦に苛まれるのであった。

 たまに学校で会い付き纏われるくらいならまだ気が休まったと思う。しかし四六時中、昼夜問わずあの調子で側に居続けられるのだから堪らない。常に聞きたくもない話題と所感を好き勝手にまくし立てる奴の一本調子にはほとほ呆れ果ててしまって、怒ろうとも思えなくなってしまっていた。慣れない環境の多忙さ。それに上級生に対する緊張感が作用し、心身共に疲労困憊となり覇気も気力も損なわれていたのだろう。

 それに引き換え、僕がこんなにも関わらず、能登幹は変わらぬ様子で毎日毎日飄々として、まったく気負いも憂いもなさそうな風に涼し気な微笑を浮かべているのだった。いったいどういう神経をしているのだろうかと思ったが、終ぞ分かる時は訪れず、不明瞭のままである。そもそもこいつは、俺には見えない別の世界を見ているような節があった。


 例えばこんな事があった。

 ある日一緒に(というより能登幹が無許可で隣を歩いていただけなのだが)歩いていると、上級生から「おい君達」と声をかけられた。僕は恐ろしくなって、すっかり乾いた舌で「何でございますでしょうか」と上擦り声で頓珍漢に答えたところ、校内雑誌のインタビューを受けてくれとの内容だった。なんでもこの先輩方、『自由学生会』とかいう胡散臭い団体らしく、生徒の若き自由意志が尊重されるべく日夜啓蒙活動をしているのだという。学校などという規律しか存在しない組織に属しておきながら自由意志を求めるというのは何やら矛盾している気もしたがそんな生意気を言えるわけもなく、僕は粛々と聞かれる問いに対して「はい」とか「いいえ」とか「分かりません」とか言っていたのだが、能登幹は全ての質問に対して自論を展開し、あまつさえ上級生に感嘆の溜息を吐かせ場の空気を自らのものとしていたのだった。そして最後に「君は随分としっかりしているようだが、誰かに師事しているのかな?」との問いに対し、こう答えたのである。


「いいえ。ただ、毎日考えている事を話しただけです」


 俺はなるほどと思った。こいつが気ままにしていられるのは、妙な事を考え過ぎて頭がおかしくなっているからなのだなと思った。常人と違う生き方、違う考え方をしているから妙な言動がスイと出るのだ。凡人には辿り着けない狂気の境地に足を踏み込んでいるのだと納得する。


 こいつはこういう人間だからまともに付き合っても無駄。


 そう思うと途端に楽な心境となった。

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