第6話

 うどんを啜りながら横目で盗み見てみると男は笑ったまま生姜焼き定食のサラダをおかずに米を進めていた。

 なんだこいつ肉は最後に取っておくタイプだろうかと思ったがそうでもない。なんとこいつ、サラダと味噌汁と付け合わせだけで茶碗を空けてしまったのである。


「なんだいその食べ方は」


 その気はなかったがつい口が出る。そんな無茶苦茶な食事をされたら黙ってはいられないだろう。主食を残して何が定食か。



「なんだいと言われても、何かあるのかい?」



 そんな馬鹿なと思った。つくづく異常な奴だとは分かっていたが、自身がその特異性に気がついていないのだ。これまでこいつはどうやって生きていたのだろうかと不本意ながらに興味を持ってしまったのだが、それよりも何よりも何故生姜焼き定食を注文したにも関わらず豚を残しているかの方が気になるところ。毒食らわば皿まで。とことん無視してやるつもりだったが、もはや話をしてしまった以上今更初志も貫徹もない。好奇心に駆られた僕は、男にその奇妙な食事作法を問いただす事にしたのだった。



「君、生姜焼き定食を頼んだんだろ? それなのに肝心の生姜焼きを食べないだなんて不条理じゃないか。常軌を逸している」



「能登幹愛」


「は?」


「僕の名前だよ。愛って呼んでくれ」



 何も分からなかった。

 生姜焼きの質問には答えず、聞いてもいないのに名乗り出すその思考回路がまるで理解できず、恐怖さえ感じた。人間未知のものに対しては臆病になるというが、恐らくそれだったのだろう。


「君はおかしい。わけが分からん」


 だが虚勢を張る。人間、基本的に弱みなど見せたくないだろうが、こいつは特にそうだった。何か遺伝子的な、情動的な何かがこの男への心理開示を拒んでいたような気がする。



「はっきりいうね」


「なんだい? 怒ったかのかい?」


「逆だよ。好感が持てる」


「……やはり君は変わっている」


「愛って呼んでくれよ」


「……嫌だ」


「いいじゃないか。ねぇ、呼んでよ」


「絶対に嫌だ!」



 そんなやり取りがしばらく続く。気が付けば周りからクスクスと笑われており、また恥をかいた。

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