第2話

 寮母さんからその日の食事がない旨を伝えられた僕は新しい部屋でどうやって腹を満たそうか考えた。これまで一人の外食など経験してこなかったため入店の流儀も作法も知らなかったし、見知らぬ土地の見知らぬ店の卓で孤独に座るのは大変な恐怖。情けなく思うが中学を卒業したばかりの若輩なのだから無理からぬ話でもある。僕は自身の未熟さを認めつつ打開策を思案。しかし、一向に妙案は浮かばず途方に暮れる。散歩がてら弁当屋でも探そうかとも考えたが、万が一発見できなかった場合無駄骨となり飢えをより加速させる羽目となる。それに土地勘のない街で彷徨うのもやはり恐怖があった。都会の人間は田舎者に対して大変冷たいと聞いており、もしかしたら詐欺に遭い金を取られるかもしれないと考えると迂闊に道も聞けない。八方塞がりとなった新生活のはじめ、早くも挫ける。そしてその間にも空腹が襲ってくるのだった。胃が軽くなり身体中の血が冷たくなっていくような感覚に襲われ、頬に滴が伝わりそうになる。ジッとしていると悲嘆に暮れてしまいそうで、止む無く僕は部屋を出て寮の周りを探索するのであった。少なくとも寮内であれば遭難する事はない。腹を減るが泣くよりはましである。


 木造の寮は古かったがよく手入れされていて難はないように思えた。歩けばギシと床がなるし所々隙間風は吹いていたが、趣があると捉えれば前向きに見られる。何しろ入寮初日。痘痕も靨となんでも肯定的かつ好意的に映るというもの。もっとも、日が経つと「ボロ屋め!」と悪態を吐くようになるのであるが。今思うと、よくもあんな寮に三年もいたものだと自分を褒めてやりたい。

 寮は五階建が三棟。それぞれ三年、二年、一年と別れている。構造は大体同じで、一階に広間、食堂、学習室があり、二階かから四階までが学生部屋。五階には遊戯室と講堂、それと教育部屋とかいう折檻室があって、奥には屋上に続く階段が置かれていた。

 屋上は各棟繋がっていて、低学年は上級生に遠慮し侵入しないようにとの伝統が暗黙の内にあり、僕も卒業した知り合いからひっそりと聞き及んでいたのだが、未だ春休みの最中とあれば誰が咎めようかと勇み進むのを決意したのだった。階段を上がり、ドアを開くと澄んだ空気が流入し、空になった胃に入っていく。なんと爽快だろうかと身体を伸ばして天を仰ぐと無限に広がる青、藍、縹、紺。いやまったく素晴らしく、僕は目を凝らし、星の果てまで眺められそうな景色を拝む。その時、背筋が凍るでき事が一つ起こる。



「やぁ、一年かい?」



 開いた扉の影に人がいる。まさか高学年だろうかと、僕は慄き、言葉を失った。もしそうなら鉄拳を受けねばならないからである。

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