慈雨

白川津 中々

第1話

 雨後の晴れ間は心地よいがそれで肌にはり付く湿潤過ぎたる鬱陶しさが消えるわけでなく、単に、太陽の光が先まであった不快感を上塗りしているにだけに過ぎない。



 「寮暮らしなんて偉いわねぇ」と祖母に言われたが別段寂しくもなく、返って家にいるより穏やかでいられる気がしていた。家族が嫌いなわけじゃないが(いや、母は嫌いな気がする)、僕くらいの年頃はだいたい父母を疎ましく思うものだろうから、親離れのできる環境はむしろ歓迎すべきであったし、田舎の陰湿さから逃れられるのにいい機会であると思った。山と川と田畑しかない場所で育った人間は総じて閉鎖的で品がなく野蛮だった。生涯彼らと付き合うのは疲れるだろうし、また、自分自身も彼らの同類となってしまうのではないかと気が気でなかったものだから、全寮制の学校は逃げ出す口実として都合がよかったのだ。もっとも学校を出ても勤めが決まらなければ帰らなくては仕様がなく、そうなったらやはり田舎で螺子でも磨きながら騒がしい連中と酒を浴び、川で溺死するしかないのである。まったく気楽に過ごすというわけにもいかず、勉学に勤しまなければならないのは、少しばかり憂鬱だった。


 入寮の初日。母に連れられた僕は寮母さんから簡単な説明を受けて部屋に入った。二人部屋との事であったが同室の相手はまだきておらず、一つしかないソファに先んじて腰をかけられた事に軽い優越感を覚える。だが、そんな細やかな楽しみさえも許されないのか、母が金切り声で僕の名前を呼ぶのである。すっかりと消沈してしまった僕は荷物をソファ置いたまま外へ出ると、母が不機嫌ながらも小遣いをくれて、「無駄遣いしないように」と釘を刺し帰っていった。ようやく親の呪縛から解放され、さっそくウィスキーでも買ってやろうかとも思ったが、見つかって入学取り消しにでもなったらちっとも面白くないのでやめる事にした。それに、別に酒に頼らずとも高揚していたのであるから更に酔う必要もなかった。ともかく僕は、田舎から離れられた事が嬉しかったし、きっとこれからも嬉しいだろうと、らしくもない楽観に身を委ねていたのだった。

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