後日談・クリスマスにお願い

AQA完結後のクリスマス。

最初は貴族の少年ウィリアム視点です。

リアルクリスチャンな人には微妙かもです。すみません。

……………………



「まだサンタがいるって信じてんの?」


 年上のイトコからそう言われた時、オレは驚いた顔をしたと思う。

 そしてショックで泣きそうになった。


 今まで信じてきたことが実は違うんだって言われて、コワかったし、ずっとダマされてたのかと思うと悲しかったし、なにより意地悪なイトコから知りたくなかった。


 だからオレは、同じセリフをこいつらに言ってやった。なんにも持ってないのに幸せそうなこいつらを、ヘコましたいと思ったから。

 なのに、こいつらは、オレの方が気の毒な子どもみたいな顔をした。


「ウィルは知らないんだ」

「大丈夫だよ。本当にサンタさんはいるから」

「今まで来てくれなかったの? ここにはゼッタイ来てくれるからね!」


「なっ、なんだよっ。サンタはともかく、オレが今までもらってきたプレゼントの方が、おまえら全員分より多いんだからなっ」


 オレはその場から走り去った。

 なんで親も家もないこいつらに、オレが同情されなくちゃならないんだよ!

 そもそもオレは、こんな孤児院なんかにいたくないんだ。父様、母様、早く迎えに来てよ。


   ※


 空也が寮に入ってから、十一月になると、教会ホームに連絡を取ることが恒例になっていた。


「シスター、今年も手伝いに入るけど、いいかな?」


『ぜひお願いするわ。そうね。まだ馴染めていない子が一人いるから、ちょっと大変かもしれないわね』


 おだやかな老婦人の声が、少しくもっている。


「最近入った子?」


『ええ。お屋敷が火事になった八才の男の子でね。ご両親が亡くなってしまって。裕福なお家だったものだから、なかなか行き先も決まらないのよ』


「あぁ。遺産がありすぎるのも困りものだよね」


『サンタなんかいないって言い続けているわ』


「昔の僕みたいだね。わかった。いつもより早めに行くよ」


『お願いね』


   ※


 木枯らしのふく公園で、掃除道具を持った子どもたちが言い争っている。


「なんでこんな寒い日に、知らない場所まで掃除しなくちゃいけないんだよっ」

「だって、これが私たちの仕事だもん」

「それにクリスマス前って、いいことしときたいよな」

「ねー」

「さ、やろうぜ」


 寒い外で楽しそうに掃除するなんて、こいつらはどっかおかしいに違いない、とウィルは思う。

 そんなことしたって、なんにもならないのに。


「ウィル君は、掃除するの苦手なのかな?」


 奉仕活動の依頼人、このクウヤとかいう男も、馴れなれしくてムカツク。


「意味がわからないから、やりたくないだけだ」


「僕はこの時期って、いつもより頑張りたくなるよ。サンタさんに見られている気がしない?」


「サンタなんかいない!」


「いるよ」


「いない!!」


 オレの大声とは反対に、クウヤは声をひそめて言った。


「ウィル君。ここだけの話、君がいる教会には、本物のサンタが来るんだよ」


「どうせ仮装した誰かだろ。知ってるよ。サンタなんかウソだって」


「うん。僕もね、最初はウィル君と同じように思ってたんだ。サンタなんかいるわけがないって」


「だろ?」


「でもね、僕が教会にいたとき、特別なプレゼントをもらったんだよ。できれば今でも欲しいけど、サンタさんは子どもにしか来ないみたいで、もう僕には会えないんだ。だからウィル君、もしも会えたらでいいから、サンタさんに伝言をお願いしてもいいかな?」


 はぁ? バッカじゃないの。

 そう言おうと見上げたら、大人のくせになんだか泣きそうな顔に見えたから、言葉が引っ込んだ。


「伝えてくれる?」


「……いいよ。けど、期待すんなよ!」


「うん。引き受けてくれてありがとう」


 みんなで歩いて教会まで戻ると、門前を掃除していたシスターは笑顔でオレたちを迎えてくれた。


「お疲れ様。外は寒かったでしょう。手を洗って広間であたたまりなさいな」


 教会に入ったオレはすぐに気づいた。

 この匂い、いつも屋敷で食べてたケーキの匂いだ!

 オレが好きだって言ったから、母様と一緒にお茶するときは定番になったケーキ。


「あっ。手を洗えよ、ウィル!」


 どこ? どこからだ? 母様はどこにいる?

 匂いを頼りに走り回ると、匂いのもとは教会の古いキッチンからだった。


 作業台の上に、焼きたての見慣れたケーキが冷ましてあった。

 母様が来た? ありえない。だって母様はあの火事で。


 ケーキの横に二つ折りのカードがあった。

 そっとカードを開く。


『大事なウィル。いつも見守っているよ』


 Wが変に飾られている見覚えのあるクセ字は、父様のものだ。

 なんで? 母様も父様も火事で死んだ。もういないのに。


 そうか。これはニセモノだ。

 字だってケーキだって、似てるだけだ。

 見た目でだまされるもんか!


 オレはケーキを乱暴にちぎって口に入れた。


 違う味のはずだったのに。

 なんで。なんで、懐かしい味がするんだろう……。


 背中側からにぎやかな声が近づいてきた。


「あー、ウィルいたー」

「先に手を洗ってからだって言ったろ」


「みんな、僕と一緒に広間に行こう。クッキーを持ってきたんだ」


「やったー。クッキー」

「さすが空也にぃちゃん。わかってる~」

「食べるたべる」


 わいわい言いながら足音は遠ざかった。


「ウィル」


 優しいシスターの声に、のろのろと顔を向けたオレの頬を、シスターはそっとふいた。


 シスターのハンカチは涙と鼻水でベトベトになった。


「シスター、なんでこのケーキ、ここにあるの? 秘密のレシピだって、母様いつも言ってたのに……。父様も一緒に来たの? 僕が戻るまで、どうして二人とも待っててくれなかったの? なんで……なんでまた僕だけ置いていったの?」 


 火事の後ずっと考えていた。

 なんで僕だけ生き残ったんだろう。


 僕も母様と父様と一緒に死んでいたら、こんな思いしなくて良かったのに。

 僕のことを命をかけて守らなくて良かったのに。

 僕も一緒に連れて行ってくれたら、それで良かったのに。


 僕だけ置いていかれたって思いたくないのに。

 そんな風に考える僕自身を、僕が一番許せないのに。


 もう、どうしていいかわからないよ……。


 シスターは僕を抱きしめて言った。


「ウィル、ごめんなさいね。私も気づかなかったのよ。今年のサンタクロースはせっかちみたいだわ」


「え?」


 なんでサンタ? まだクリスマスでもないのに。


 広間からみんなの歓声がひっきりなしに上がるのがようやく耳に入った。

 ゲームでもしてるのか?

 広間を気にした僕にシスターも気づいた。


「行ってみましょうか」


 シスターと僕は手をつないで広間へと向かった。


 色にあふれる広間を見てびっくりした。

 朝、掃除に出る時は殺風景な広間だったのが、今はクリスマスの飾りでいっぱいだ。

 みんなは熱心に、その飾りを調べたり、カーテンや敷物をめくったりしている。


「あっ。これ、わたしのだ。ずっと欲しかったんだー」

「げーっ。誰だよ。こんなん頼んだの」 


 どうやら、あちこちにラッピングされたプレゼントが隠されているようだけど。


「シスター。これって?」


 シスターはいたずらっぽく笑った。


「クリスマス当日は忙しいからか、ここへは、クリスマスに限らず、サンタクロースが通りかかった時にプレゼントを隠していくのよ」


 プレゼントはたくさんあるらしく、すでに広間の机の上は、開けられた包装紙やプレゼントであふれている。  

 それでもまだ広間のあちこちで楽しそうな声が上がる。


「あれ? これ誰のー?」


 宝石が入っているようなしっかりした小箱を持った少女が、ふたを開けたままあちこちに聞いてまわっている。


「オレんじゃないな」

「知らなーい」

「古いカギだね」


「鍵! 見せて!!」


 少女が手渡してくれた小箱の中、やわらかな布に包まれていたのは、見覚えのある古い2本の鍵だった。


 いつか父様と母様に見せてもらった鍵だ!


『すごーく昔はこの鍵を使っていたんだよ』

 と、父様は、金属の色が変わりかけた鍵を見せて教えてくれた。


『古いけれど、きれいですね。僕は好きです』

『うふふ。私も好きだから、私のお部屋の鍵をいただいたのよ』

『これはお前にあげよう。お前の部屋の鍵も一緒にな』


 焼けてしまった屋敷と、オレの部屋の鍵。

 使えないけれど、開ける扉もないけれど、大事な思い出の鍵。


「ウィルのだったんだ。良かったね」


 からかわれるかと思ったけど、鍵をにぎりしめて涙を落とす僕に、みんなはそれ以上なにも言わなかった。


 この鍵のことは僕と母様と父様しか知らない。

 サンタクロースは本当にいるんだ。

 そうだ。伝言をあずかってたのに、どうしよう?


 シスターは、サンタはクリスマスイブにも来るかもしれないって話してくれた。


 それでクリスマスイブ当日、僕とみんなはサンタクロースが現れるのを、広間で毛布にくるまって夜通し起きて待つことにした。


 待ってる間、みんなはどうして教会に来たのか、今までのクリスマスはどうだったのか、教会でどんな面白いことがあったのか、将来どうしたいのか、色々話してくれた。


 知らない話ばかりで、僕が今までなにも知らなかったこと、恵まれていたことがよくわかった。

 当主になったらどうしたいか考えるように父様から言われていたけれど、その意味がやっと現実と結びついた。


 でも結局その夜は僕もみんなも眠ってしまって、伝言は伝えられなかった。

 「サンタさんは来年も来てくれるから、その時伝えたらいいよ」ってみんなが言ってくれたから、そうしよう。


 僕はずっとここにはいられないけれど、来年のクリスマス近くになったらまた来たらいい。

 今度こそ「クウヤのところにも来てください」って伝言を伝えるんだ。今から楽しみになった。


 それにしても、クウヤはなにがほしいんだろう?

 大人のほしい物は、僕には想像もできない。

 でも、僕の大事なものをくれたんだから、サンタさんならきっとクウヤのほしいものもわかるよね。


 どうかクウヤの願いもかないますように。


   ※


 クリスマス当日、空也は、ルージュ、上原、小百合、スイレンに集まってもらい、お礼を述べていた。


「みんなありがとう。助かったよ。アクアがいた頃は僕一人でもできたんだけど、今年はさすがにできないなぁって困ってたんだ。今までは、事前調査も、プレゼントの購入も、カモフラージュラッピングも、クリスマスの飾りつけも、プレゼントの設置も、指示すれば、全部アクアがやってくれてたんだけど。今は僕のアクアを使えないから、肝心の欲しいものを調べるのからして大変だったよ」


「クウヤ、それって一部犯罪だから」


「まぁまぁ。かたいこと言いなや。簡単な仕事やねんし、なんやったら来年も手伝うで?」


 上原先輩には、僕と一緒に、教会とウィルの屋敷に勤めていたアクアのデータを調べてもらった。

 教会のみんなの希望は、毎年アクア相手に相談していたから、調べるのもそれほど手間取らなかった。


 ウィルの家の秘密のレシピも、当主の筆跡も、鍵の話も、アクアなら知っている。

 ただ屋敷用のアクアはデータが膨大だったので、今回どれを活用するか吟味するのが大変だった。


「永瀬様のためなら、いつでも喜んでお手伝いしますわ」


 小百合ちゃんには、たくさんあるプレゼントをそれぞれカモフラージュラッピングしてもらった。

 とても可愛くて好評だった。


「報酬も十分もらえたし~。また声かけてね~」


 スイレンさんには、小物やおもちゃをたくさん買いそろえてもらった。

 特に女の子向けの服やアクセサリーなんか僕じゃわからないので、すごく助かった。


「それで、あの子はどうなったの?」


「行き先も決まったし、今は教会のみんなとも仲良くなったみたいだよ」


「そう。これからが大変だろうけど、少しは安心ね。クウヤ、今回は本当に、ほんっとうに、特別だからね!」


 ルージュには、ラピス・ラビアル家の力で、屋敷の鍵を手に入れてもらった。


 火事の後であることと、まだ誰が屋敷を相続するのかが正式に決まっていない間のことだったので、屋敷のものを勝手に持ち出せなかった。

 屋敷に連なる親族全員にルージュが使者として会って全員の許可を得たことで、ウィルに鍵を渡すことができた。


 鍵の一件でラピス・ラビアル家に目をつけられるのを嫌った後ろ暗い親族がウィルから手を引いたので、ウィルの行き先もすんなり決まるという、思いがけない効果にもなって良かったよ。


「はい。恩にきます」


「ねぇクウヤ、私、美味しいものが食べたいなぁ」

「ええな。今の気持ちはズバリ! 肉やな!」

「いいですわね」

「みんなでいこうよ~」 

「確か社食でもクリスマス限定メニューが」


「社食以外で!!!!」


 「永瀬には任せられん」と、みんなは真剣にお店を吟味し始めた。

 みんなと食べられたらどこででもなんでも美味しいと思うので、僕はみんなの意見がまとまるのをのんびり待つことにした。


 ねぇアクア。こんなクリスマスは初めてだね。


 心の中でつぶやくと、アクアがにっこり笑ったように感じた。




………………

こちらまで、ご愛読ありがとうございました!

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