星に願いを

こちらはマルガ視点のお話になります。


――――――——————————――――



「そういえばさ、マルガちゃんは何か願った?」


 唐突な問いかけにマルガは目を瞬かせた。内容を反芻はんすうすればするほど眉間にじわじわと力がこもる。

 理解に困って隣を仰げば、ユールの目は夜空に向けられていた。やがてマルガの視線に気づいた彼は小さく頬をかいた。


「流れ星だよ。願い事を三回言えたら叶うって言うでしょ」

「ほし……?」

「あれ、知らない?」


 マルガが立ち止まると向こうの足もすぐに止まった。軽い調子で小首を傾げるユールの姿にムッと唇を真一文字に引き結ぶ。その、みんな知ってて当たり前という態度は一体なんなのだろう。

 だから、睨みつけるようにまっすぐ見返した。


「知ってます。でも私は信じてないので」

「え?」

「本当に叶えたい願いがあるなら、必要なのは流れ星じゃなくて地道な努力ですよね。違いますか?」


 ユールの目が丸くなる。

 先に視線を外したマルガは無言で歩き出した。




 前期に履修した自然史でたまたま一緒だったひとつ上の先輩は、驚くことに今期選んだ天文学でも一緒だった。彼は目が合うといつも笑顔で挨拶してきて、ごく自然にマルガの隣を陣取った。

 最近では友だちの方がマルガに代わって挨拶を返し、「またあとでね」と席を譲るようになっていた。そのたびになんともいえない気持ちになる。単に〝兄の友人〟というだけなのだから変に気遣わなくたっていいのに。


 天文学では授業の一環として天体観測が数回組み込まれている。当然ながら行われるのは夜で、これまた当然とばかりに「送るよ。一緒に帰ろう」とユールからお誘いを受けた。

 マルガは丁重に断った。当然のことだが迎えが来るので送ってもらう必要はない。

 けれど向こうも引き下がらなかった。


「じゃあ馬車のところまででも! 暗いし、理科棟は端の端だしさ……ちょっと距離あるじゃん。ね?」

「……別にいいですけど……」


 理科棟から正門へと向かうのは何もマルガたちだけではない。前にも後ろにも天文学の受講者がずらずら歩くわけだし、もはや御一行様だ。あらたまって許可をとるような話じゃないのだけど。

 ユールが「よし」と小さく拳を握りこんだ。どこか嬉しそうな雰囲気の彼にマルガの頬はほんのり熱を帯びていく。

 俯いて、所在なげに両手指を組み合わせた。なんだかこそばゆい。




「それわかる。オレもさ、」


 回想に耽っていたマルガを呼び戻したのは背後からの声だった。ユールはあっという間に横に並んで顔を覗きこんできた。


「オレも、ちょっと前までは眉唾だって思ってた。願えば叶うなんてそんな虫のいい話があるわけがない」

「……何言ってるんですか? だってさっき先輩が」

「だから、レンに言われて考えを改めたんだよ。結局は努力なんだ」


 今度はマルガが目を丸くする番だった。丸くして、すがめる。一体何が言いたいのだろう。それに今、兄の名前が出たけれど。

 ユールは生真面目な面持ちで人差し指を立てた。


「流れ星って一瞬だろ。その間に三度も同じ言葉を言い切るなんて不可能に近いと思うんだ。でもそれをやってのけるくらい心の中に強くあってさ、こつこつ頑張って取り組んでいけるんだったら必ずいつか叶う。そういうことなんだよ、きっと」

「……それ、本当にお兄ちゃんが?」

「うん。レンがお父さんから聞いたって言ってた。それ聞いてなるほどなーって思って、まあ受け売りなんだけど」


 へへと照れ笑うユールを見てようやく納得できた。いかにも父の言いそうなことだった。そういう理由なら信じてもいいのかもしれない。

 星に願うのではなく星に誓う。――うん、響きも素敵だし。


「だからさ、」

「はい」

「まずは早口言葉を頑張ろうってなったんだよね。マルガちゃんも今度一緒にどう?」

「……はい?」


 努力するところってそこだっけ。

 無邪気に破顔するユールを前にマルガは考えこんでしまった。

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