-第十五話- 恵州攻城戦

華歴二百三十四年 春


 「将軍!寄せ集め軍が援軍と称して近づいてきましたぞ!」

 「……そうか」


 寄せ集め軍、その呼び名が太郎率いる冒険者部隊への紗軍中での評価を表している。


 帝国の皇太子率いる軍は由緒正しい帝国の軍人の集まりであるべきだ。

 その思いは彼らの胸中に強く根付いている。


 (皇太子殿下も何故、所詮は郷士の出である香などという青瓢箪を重用するのか?!

 更に、その下で働く異国人の部隊などを軍扱いするなぞ!!)


 そのような思いを抱いている者は上から下まで、紗軍の中にはびっちりと存在している。


 「紗将軍、皇太子殿下よりの御命令により、我ら義勇軍二千、恵州攻めの援軍に来ました」

 「……そうか、殿下のご下命か……ご苦労である」

 「はっ!」


 (冒険者風情が殿下の名を持ちだしよってからに!)

 (ふんっ!どうせ、香の命令を殿下からの御命令と偽っておるのだろう!)

 (広州に戻ったら覚えておれよ?真に殿下の御命令が有ったかを調べて、こやつの増長を懲らしめてやるわ!)


 小声ではあるが、紗軍の幕僚たちは、冒険者隊の隊長当人、義勇軍将軍の太郎を前にしても陰口を控えることなどはしない。


 (やれやれ、こいつは嫌われたもんだ。

 耶蘇将軍の軍からはこれほど嫌われてはいないんだが、どうにも紗渾将軍の軍からは、嫌われまくっててなぁ……。

 今のところは実害なんぞは被っていないが……この対応が改善されなきゃ、俺たちゃとっとと呉から出ていくぜ?兄者よ?)


 ばっ!


 ざさっ。


 そんな太郎の嘆きが聞こえたのか、紗渾は軽く右手を上げ、部下たちの発言を制した。


 「……遠路はるばるご苦労だったな。二千ということは、義勇軍の半分ほどであろうが、残りは清源で対陣中か?確かに恵州を前に、儂らは時間がかかってはおるが、兵も足りており、後は時間の問題だ。お主もここに来て、殿下のご下命は果たしたであろう。とっとと自分の持ち場へと戻ったらどうだ?」


 (そうだ、そうだ!)

 (将軍の言う通り!自分の持ち場を離れるなど軍人の風上にも置けん!)

 (左様!早よ去ね!)


 「ああ、それにはご心配及びません。清源の曹家は一族悉くを捕らえ、広州府に護送し終わって御座います。今回、俺が連れてきたのが二千なのは、小太傅殿より急ぎ恵州攻めに加わるようにと命を受けたために御座います」

 「……ぬ?」


 太郎の返答に眉をしかめる紗渾。


 清源の曹家は、太守を輩出してきた六家の内、一番最後まで立人に仕える偽の姿勢を見せていた家であった。

 故に、杭州府からの討伐軍もほんの一か月前に広州府より出立したばかりである。


 (ぬ?僅か一月の間に行軍、戦闘、後処理に、捕虜の護送までをも終わらせただと?

 にわかには信じられぬが……確かにそれが真ならば二千という、多すぎもせず少なすぎもしない軍を率いてきたのことは納得できるが……)


 「して、将軍。譚家攻めの状況などをお教えいただけませぬか?」

 「状況か……そうだな。広州府では儂がここまで恵州攻めをてこずるとは思ってもいなかったのであろうな……」

 「「将軍!!」」

 「良い……確かに傍から見ればそう思えるのも事実であろうからな……」


 紗渾は諦念じみた表情をし、少なからぬ自嘲の笑みを浮かべる。


 「百聞は一見に如かずであろうな。……太郎よ、付いて参れ……馬ひけぃ!」

 「「はっ!」」


 そう言って紗渾は配下に馬の用意をさせると同時に、太郎にも乗馬を促し、城の方へと緩やかに歩みを進める。


 紗渾率いる呉王軍は総勢五千。

 恵州に籠る譚家の手勢は二千を下回る。


 たーんっ!

 たたたーんっ!


 「儂が時間をかけているのはあの音が原因じゃよ」

 「……火砲でございますか」

 「左様、恵州の城壁に備えられたあの火砲のせいだ……こちらの兵は五千もいるので力攻めに推し掛かれば恵州は落ちよう……だが、それでは我が軍の被害が大きくなりすぎる。どんなに少なく見積もっても千近くは兵力を損失してしまうであろうな」

 「確かに、それでは兵力の充実を目指すための呉統一が無意味になってしまいますな」


 上官に阿るでもなく、自然な口調でそう返答した太郎をみて、ほう、と紗渾は一つ頷く。


 「問題は火砲だけですかな?他の戦力が街から出てくることなどは?」

 「ないな。……むしろ街から兵が出てきさえすれば、野戦にて一気に決着がついておるわ」

 「でありますか……ならば、私に一つ手がありますれば……」

 「貴様っ!将軍を……!!!」


 本日何度目であろうか、部下の発言を抑える紗渾。


 「よい……その方等は控えておれ!……で、策とは?」

 「恵州はそれなりには大きい街なので住民の数もそれなりにおりましょう。ですので、定石としては街への包囲を行ない、水と食料が尽きるのを待つが上策と考えます」

 「解り切ったことを申すな!だからこそ我らは!!」

 「……」


 ぎろり、と配下の者達へ鋭い視線を向ける紗渾。


 (まったく……太郎もまだ考えの走りの部分を言っておるだけだろうが……策の内容を聞かずにそのように大声を出すとはな。

 こやつらは自分の幕僚たちではあるが、どうにも物足りぬ者達ばかりだな……)


 ふぅ。

 軽くため息をついて、軽く頭を左右に振る。


 「続けてくれ」

 「はっ!……この恵州は珠江の支流の一つ東江どんちぁんに対して突き出た高台に造られた街で、三方を東江に囲まれており、攻略側としてはどうしても陸続きのこの北門を撃ち破る必要があります。川に面した崖上の東側、南側、西側からの攻略は実現的とはいえないでしょう」

 「その通りだ」

 「また、ここ恵州は歴史的にも、北東の河源ふぅゆぇん梅州めいちょぅから広州府へ送られる農作物の中継地となります故、兵糧の供えも充分、水の確保も川から幾らでも……それに城内には、遠く離れた取水門から繋がる水路もいくつかは有るでしょうから、水を切ることも現実的な策とは思えません。このことからも、兵糧が尽きるのをただ待つのでは、どれ程の時が必要かが全く見えてきません」

 「……で、あろうな」

 「そうなると、残る方法は一つだけかと考えます」

 「……結局、貴様も力攻めを提案するのか?」


 紗渾は幾分がっかりした気持ちを隠すことなく、そう返事をした。


 (……娘が初めて気に入ったという男子だ。

 多少は器量を見抜いてやろうかとも思ったが……この程度の男であるのならば用は無いな)


 紗渾は、話はここまでとばかりに、踵を返そうとした。


 「いえ、そういうわけではありません。まぁ、北門を攻めることには変わりないのですが、その攻撃対象をちょっとばかしズラす必要があるかと考えます」

 「対象をずらす??」

 「ええ、ことは攻城戦です。攻め手側が相手にするのは、別に城の壁と扉ばかりではありません」

 「……では、何を攻めるというのだ?」

 「「心」です」


 ……

 …………


 こんっ。

 こんっ、こんっ。


 「で、大将よ。将軍相手に大見え切ったらしいが、なんで、そんな大将様がこんな竹林に兵を集めて竹を切り集めてるんだい?筍乾すんちぇんでも作って、腹を空かせた敵さんの目の前で飯でも盛大に厭味ったらしく食べようってのかい?」

 「んな訳ねーだろ?いいから黙って斧を使えってんだよ。最低でも二万本、いや三万ぐらいは必要なんだよ!」


 こんっ。

 こんっ、こんっ。


 部下からの軽口に対して、そう怒鳴り返す太郎。


 敵の「心」を攻めるとした太郎。

 その手法はこうであった。


 恵州に籠城している譚家の私兵は、城壁上から火砲を使うことで、紗軍を城門に近づけさせていない。

 大型の備え付け火砲は、弓矢や投石よりも遠くの敵に攻撃をすることができ、威力も高く、使用法を一通り覚えてしまえば兵の膂力りょりょくに関わらず、一定の戦果が挙げられる優れた武器である。


 実際に、紗渾軍はむやみに城門に近づけずに、遠回りに攻囲を続けるだけで、一向に打開策を見出していないように見える。


 譚家側としては、このように戦況を膠着させることで、他地域での火種が皇太子に飛び火するまで耐え続ければ良いと考えているのだろう。

 仲間の六家が敗れたとしても、皇太子勢力は所詮中原からのお客さんであって、この地の者達ではない。

 そのような勢力が長く呉国を治められるはずもなく、数年もすれば中原へと撤退して行くであろう、そして、その時まで、最後まで頑強に抵抗し続けた譚家こそが、以降の呉国を治めることになる筆頭家になるのは間違いがない。そう考えて籠城をしていることもまた、明白であった。


 つまり、譚家としてはこの籠城戦が長期化することこそが望むところであり、その戦略を実現するための手段が城壁城からの火砲による射撃なのであった。


 (ならば、その火砲が役に立たず、俺達が楽に城門に取り付けるってところ見せつければ、奴らは顔を真っ青にして、自ら城門を開け放つってことだ)


 こんっ。

 こんっ、こんっ。


 (そのためにも、今は竹を出来るだけ集めないとな!っと)


 帝国の南に位置する呉国。

 更に南の越国や南海諸島の国々に比べれば、まだ北に位置はしているが、春ともなれば内陸部での力作業というものは、玉のような汗が尽きることが無いほどに暑い。

 故に、太郎は隣で大斧を振るうヒルデガルド同様、上半身は肌着一枚である。


 「た、大将!で、出来ましたよ……って、きゃぁ!な、何て格好をしてるんですか?!ヒ、ヒルダさんまで!!!破廉恥な!!」

 「破廉恥って言われたってなぁ?」

 「ええ、この陽気で斧を朝っぱらから振るってりゃ、暑くて汗をかく、汗をかきゃ気持ち悪いから上着を脱ぐ……」

 「「当たり前のことだよなぁ?」」

 「何を二人して声合せてるんっすか!」


 太郎を探しに竹林の中に足を踏み入れた少女は、ようやく見つけた将軍が女性上官と一緒に上半身裸で汗を流して斧を振るっている姿に困惑した。

 斧を振るって竹を切り倒しているというのは見ればわかるが、どうしても顔が赤らむのを止めることはできなかった。


 「で、お玉よ。出来たってのか?」


 お玉と呼ばれた少女、この少女も太郎と同じく倭国出身の冒険者……の両親から生まれた帝国人である。


 れっきとした広州生まれの華帝国の民ながら、帝国の民としての意識は希薄な少女だった。


 お玉の両親は、揃って倭国の習俗を広州でも通して暮らしていたし、彼女の周囲には両親の冒険者仲間しかいなかった。

 また、幼少期に手習いを教えてくれた教師も西方人冒険者であったために、彼女が自分の食い扶持を稼ぐ方法は冒険者になることでしか思いつかなかったのである。


 人間が人間としての存在意義を確立するための手法とは、環境と教育であるということが良く分かる例なのであろうか。


 「は、はい!大将の言いつけ通りの品を造って来やした!ちょいと見てくんなせぇ!」


 玉は困惑から抜け出し、太郎にそう答えると、竹林の外側まで持って来たものを見せるべく、その物の方を指さした。


 「……ん?なんだいありゃ?只の合わせ木の板に竹を巻き付けたようにしか見えないが……?大将、ありゃなんだい?」

 「ん?ヒルダは知らんのか?……あれが火砲にはめっぽう有効な盾なんだよ」

 「いやいやいやいや!そりゃねぇだろ、大将よ。アタシだって紗将軍の軍の奴らから火砲に打たれた大盾を見せてもらったが、ありゃ、鉄の大盾でも一発で駄目にしちまうようなもんだったぜ?それを、こんな木を組み合わせたもので凌げるって言われても……いくら我らが愛しの大将様に言われたからって信じようがねぇさね!はっはっは!大将も冗談が上手いってもんだ!」


 ヒルデガルドは太郎の説明に哄笑で答えた。

 答えたが……彼女の上官はそのいたずらっぽそうな瞳を揺らぎもさせずに、微笑を崩さない。


 「……本当なのかい?」


 恐る恐るヒルデガルドが尋ねる。


 「こいつを始めて見る人間はみんなそう言うんだがな。実はこの盾はよっぽどの大筒の弾以外は受け止めちまうのさ。……そうだな、蜂の巣構造って知ってるかい?」

 「蜂の巣構造……さぁ……?」

 「まぁ、竹は殆ど丸に近いんで正確には蜂の巣の様な六角形じゃないんで、一概には同じものとはいえないんだがな。要は、ああいった形に組まれた物ってのは、衝撃を分散、吸収することに優れているってことだ」

 「蜂の巣、六角形……ああ、ヴァックスコキャかい。なんとなくだがわかったよ、確かに蜂の巣ってのはいやに頑丈さね。……そう、頑丈なのはわかるけど……行けるのかい?あれで?」

 「……帝国の火砲でどうなるかはわからんが、少なくとも俺の故郷の倭国じゃ、あれで敵の火砲の弾を遮るのは広く知られた戦法だからな……まぁ、竹の数さえ増やせば行けるだろ?有難いことに、ここいらの山に入りゃ、こうして材料は獲り放題なんだしな」


 そう言って太郎は、竹林を見渡し、両手を広げる。


 確かに、ここ恵州から東の河源に至るまでの山中には、多くの竹林が点在している。

 火砲用の盾、その材料を得ることに苦労することは無いであろう。


 「そうかい……それじゃ、説明も聞いたし、アタシは早速木こりに戻るとするか。なんといっても竹を多く集めりゃ、それだけアタシら歩兵が無事でいられるってことだろうからね……お玉!竹は腐るほど切り倒して運ぶから、アンタは部下を急かしてしっかりと盾を造らせな!解かったね?!」

 「と、当然よ!まかして欲しいっす!ヒルダさんっ!」


 ……

 …………


 「ん?なんだあのへっぽこな盾を担いだ連中は?……おい!見て見ろよ!お前ら!」


 恵州の城壁上で一人の兵士が騒いで同僚を呼ぶ。


 「……おお、確かに変な……ぷっ!ありゃ竹か?竹を集めた板っきれ持って近づいてきやがってんのか?」

 「だーははっは!とうとう皇太子様も金が無くなったのか?鉄を集められなくなって竹を集めるってか?」

 「「あーはっはっはっはっは!!」」


 たんっ!


 一人の兵士が備え付けの火砲を放つ。


 「おいおい、外したんじゃねぇか?奴ら歩くの止めてねぇぞ?」

 「あれ??おっかしいな……当てたと思ったんだが……距離が遠かったのか?」

 「よし!次は俺だな!任せろ!……それじゃ、もう少し近づけてだ……そりゃ!」


 たんっ!


 ……


 ざっざっざっ。


 皇太子軍は射撃をものともせず、また、歩みを早めるでもなく静かに城壁に近づいてくる。


 「お、おい!どういうことだ?!確かに今のは当たったはずだぞ?!」

 「お、お前たち!見てばかりいないでお前らの火砲も撃て!撃て!!」


 些か、声を裏返しながら、その場の隊長と思しき男が部下に指示を飛ばす。


 たんっ!

 たたたーんっ!


 ざっざっざっ。


 皇太子軍の歩みは止まらない。


 「な、何だありゃ!!!お、お前ら、つ、次は砲火を集めろ!一枚の盾に集中させるんだ!!」


 たんっ!

 たたたーんっ!


 ぱっきゃんっ!


 「よーっし!砲火を集めれば盾は壊れる!この方法で……あ、ああ!!」


 城壁城の火砲により一枚の盾は壊れた。

 壊れたが、すぐに同じものが後ろの列から現れる。


 「「……」」


 守兵達は声を失った。


 火砲を集めて一つの盾に集中させれば盾は壊れる。

 だが、これまでと違うことは、嫌でも理解できてしまった。


 鉄の大盾は、数を揃えるのが大変だ。

 しかも重いので移動させるだけでも一苦労だ。

 だから、火砲の掃除や次弾の装填の方が兵士が近付く速度よりも早い。


 しかしながら、今近づいてきている兵は身軽だ……。

 そこから予想される未来……。

 守兵達に緊張感が走る。


 ばいーんっ、ばいーんっ、ばいーんっ!


 皇太子軍から銅鑼が打ち鳴らされた。


 うおおおおおおぉぉぉ!!!!


 竹製の盾を持った兵士たちが雄たけびを上げて走り出す!


 「は、早く!次の弾を!!弾を込めるのだ!!!」


 どしぃ~んっ!!


 「「う、うわわあぁ~!!」」


 守兵隊長が慌てて部下を急かしている間に、大きな振動が城壁上にやってきた。

 皇太子軍の破城槌が城門に撃ち込まれた衝撃であった。

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