春の人魚、冬の人魚

 きらきらと光る海から、小さな岩が顔をだしていて、そこに人魚がいる。


 うろこは太陽よりかがやいているけれど、ぼくから見える、その右目は、海の色より、ずっとずっと、くらく見える。それでも、きれいな目だと思う。その目は、海の向こうを見ている。ぼくのほうを見ることは、一度もない。


 この人魚に会うのは、何回目だろう。


 いつからか、おなじ夢を見るようになった。この人魚とは、まいにち会っている。けど、目をあわすことも、近づくこともできていない。声をかけたいけれど、口をうまくうごかすことができない。


 そして、この夢は、夏になると見なくなってしまった。




 ぐったりとするほどの、あつい夏がすぎて、すずしくて、いろあざやかな秋をこえて、ふるえるくらい寒い冬になったころ、また、人魚の夢を見るようになった。


 きらきらと光る海の、小さな岩の上。人魚は、海の向こうを見ている。そのうろこは、ぴかぴかと光っていて、まぶしい。それは、春とまったく同じ夢だった。


 もちろん、目を合わすことも、近づくことも、話しかけることもできなかった。右目の、ちょっとくらい青色は、やっぱりきれいだった。


「待っているの」


 なにも話すことのできないぼくに、はじめて、人魚のほうから声をかけてきた。すっと耳にはいってくる、けれど、どこか優しい声だった。


「だっ、だれを?」


 その言葉を聞いてから、ようやく、口をひらくことができた。きんちょうしていたものだから、しどろもどろの声になってしまった。


「おかあさんを、ずっと、待っているの」


 人魚はさみしそうな声をだして、すこし目線をおとした。




 春になると、また、人魚に会えると思っていた。けど、冬から春と、つづけて人魚の夢を見ることはなかった。ぼくは、人魚と会えることを、どこかで楽しみにしていたのに。


 つぎに人魚に会うことができたのは、ようやく、夏になってからだった。


 きらきら光る海の、小さな岩の上で、人魚は海の向こうを見ていた。うろこは、ぴかぴかと光っていて、まぶしい。もちろん、目を合わせることはできない。


 人魚は、おかあさんを待っている。海の向こうにいる、おかあさんを。


 でも、もしかしたら、いま目のまえにいる人魚は、冬に会った人魚とは、べつの人魚なのかもしれないと、ちょっと思ってしまった。

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