あさぶろ

「おい、ユウキ」


 お父さんは、赤らんだ顔で、ぼくをよんだ。いつもより、おさけは飲んでいないけれど、それでも、ちゃんとよっていた。


「明日は5時に起きるぞ。朝ぶろに入りにいくぞ」

「5時! そんなにはやく?」

「ああ。でも、朝ぶろはいいぞ。冬は、なおさらさ。朝のしんせんな空気をすうと、気持ちがいいからな」


 5時に起きるのはたいへんそうだけど、お父さんにそう言われると、その「あさぶろ」に入ってみたいような気がした。


「わたし、起こされるなんて、いやよ」


 お父さんのていあんに、お母さんはきげんの悪そうな顔をした。たしかに、ぼくとお父さんが、おふろに入りにいく準備をしていたら、お母さんは、起きてしまうかもしれない。


「静かにするから、大丈夫だって」

「おさけを飲んだんだから、おとうさんは起きられませんよ」


 お父さんたちは、言いあいをはじめてしまった。


 ぼくたち家族は、ひさしぶりの旅行で、いろんなところにいった。おいしいものを、たくさん食べた。見たことのないものを、いっぱい見た。


 ものすごく歩いたから、ひょっとしたら、ぼくも起きることができないかもしれない。


「めざましなんて、かけないでくださいね。わたしまで、目がさめてしまいますから」

「それなら、ユウキ。さっさと寝るぞ! いつもより早く寝れば、いつもより早く起きられるさ!」


 お父さんはさっそく、寝る準備をしはじめた。それを見たおかあさんは、ため息をついた。


(お父さんが、あんなにこうふんするほど、「あさぶろ」はスゴイものなんだ!)


 ぼくは、明日の「あさぶろ」が楽しみでしかたなかった。


   ○   ○   ○


 ぼくは、ねむれなかった。


 いつもより、はやい時間にふとんに入ったのもそうだし、明日の「あさぶろ」のことをかんがえると、きんちょうして、落ちつかない。


 ひつじを数えてみても、いつまで数えなければならないんだろうと、あせってしまう。だからといって、もうすぐ小学生だし、お母さんに「ねむれない!」と泣きつくのもはずかしい。


 ひとりでなんとか、ねむらないといけない。ぼくは、楽しい旅行の日なのに、とてもつらい思いをしていた。すると、せなかのほうから、こんな声が聞こえてきた。


「かあさん起きてるか?」

「はい」

「そうか。ユウキは?」

「すっかり、寝ているみたいですよ」


 お父さんと、お母さんが、ひそひそと会話をしはじめたのだ。びっくりして、ぼくは、思いっきり目をつむって、ひっしに眠っているふりをした。


「行こうか」

「ええ。行きましょう」


 ぼくのうしろで、お父さんたちが、ふとんからでる音が聞こえた。そして、そっとドアを開けて、外にいってしまったようだった。


 おそるおそる、寝がえりをうってみると、そこには、お父さんたちはいなくて、ふとんが、すこしだけ乱れていた。


 でも、不思議なことに、お父さんたちがいなくなってしまったら、しぜんとねむることができた。


   ○   ○   ○


 目がさめたとき、あたりはまっくらだった。お父さんたちは、ぐっすりとねむっていた。まるで、ずっとそこで、寝ていたかのようだった。


 まだ5時になっていないんだと思って、ぼくは、もう一度、ふとんにはいった。こんども、すぐにねむることができた。

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