敵に塩を送る

 《敵に塩を送る》


 これは、かんたんに言えば、「敵を助ける」という意味のことわざです。

 戦国時代に、自分の国から塩がなくなって困っていた武田しんげんに、敵の上杉けんしんが塩をあげたというお話が、このことわざがつくられた由来だそうです。それも上杉けんしんは、なんの見返りもなく塩をあげました。だから、太っぱらな人物とされています。


 ところで、きのう、わたしは知りあいの学者さんから、むかし書かれた、おもしろい本をもらいました。たくさんのことが書かれている、とても厚い本なのですが、そこに、この「敵に塩を送る」というお話は「ウソ」だということが書かれていました。


 本当のところは、こんなお話だったようです。


 と、その前に。この本は、ひらがなで書かれているので、ちょっと読みにくくなっています。でも、作者ががんばって書いたものですから、そのまま、かきうつしたいと思います。


   ――――――


 たけだのりょうちである、この「かいのくに」には、もう、しおがありませんので、しんげんさまは、とてもおこまりになりました。「かいのくに」のひとたちは、それはそれは、くるしみました。

 しおがないと、おいしいものも、けんこうにいいものも、つくれませんから。しんげんさまは、「かいのくに」のひとたちをおもって、まいにちまいにち、よるおそくまで、どうしたらいいか、かんがえました。…………


   ――――――


 ひらがなだけだと、読みにくいですね。では、この本の作者にはもうしわけないのですが、漢字にへんかんしながら、書いてみましょう。


   ――――――


 …………しんげん様は、こうなれば、敵である上杉けんしんを、たよるしかないと思いました。しかし、けんしんは、しんげん様にとって、一番のしゅく敵です。けんしんが塩をたくさんもっているとはいえ、けんしんは、「しめしめ。もっと、こまるがいい」と思っていたにちがいありません。

 しかし、塩をくれそうなのは、けんしんしかいませんので、しんげん様は、ひとりで馬を走らせて、けんしんのいる「えちごの国」へ、一度も休けいすることなく向かいました。

 とちゅう、山ぞくが二十人、しんげん様を切ろうとしましたが、しんげん様は、とても強かったので、返りうちにしてしまいました。山ぞくたちは、いちもくさんに逃げていきました。

 そして、「えちごの国」に入ったしんげん様は、真っ先にけんしんのいるお城へ行きました。けんしんは、「もし塩がほしいのであれば、そこで土下座するのじゃ」と言いました。

 けんしんと、けんしんの家来が見ているところで、一国の大みょうが土下座をするというのは、屈じょくでしかありません。しかしその時、しんげん様の頭に、「かいの国」の人たちが苦しんでいる顔がうかびました。そして、たくさんの笑顔があふれる国にしたいという、強い意志が、こころの奥でめらめらと燃えていました。

 しんげん様は、とてもとても、はずかしいことなのに、「かいの国」の人たちのために、土下座をしたのです。…………


   ――――――


 武田しんげんというのは、とてもかっこいい人物ですね。自分の大切な人のためなら、なんだってできるのです。

 ところで、この本には、作者の名前が、どこにも書いていないんですよ。いったい、だれが作ったものなのでしょう。


 それはさておき、わたしは武田しんげんのことが、むかしから大好きです。

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