3つのお話
以下の文章は、あるお話のなかの一部。
――――――
ある日、彼ら、彼女らが住む森に、人間の魔の手がせまっているといううわさが聞こえてきた。だからみな、森の中央の広場に集まって、急いで対さくを考えることにした。
春の風が木々のあいだを通りぬける、とてもここちよい日で、彼ら、彼女らにあたる昼の太陽は、ねむりをさそうような、優しく温かいものだった。
広場には、茶色の毛が少し白くなったクマの長老、いろんなものをかみ千切れる歯をひからせている若いオオカミ、涼しい顔をした大人びたシカなど、いろいろな種るいの動物が集まってきていた。
彼ら、彼女らは、森のなかに入ってきて悪さをしようとしている人間のことについて、話しあった。
いや、話しあったというと聞こえがよすぎるかもしれない。それはただ、自分の意見を発表しあうだけで、けっきょく、ムダなことにすぎなかったのだから。
彼ら、彼女らは、自分の意見がぜったいに正しいと思っていたから、相手の意見は間ちがっていると決めつけて、じっくりと聞いてその意味を考えようとしなかった。
そうこうしているうちに、人間の魔の手によって、木々が切られて、土が掘り返されて、森はりっぱなホテルになってしまった。
けどこれは、彼ら、彼女らのせいではないのだ。人間たちは、自分たちがすることはぜったいに正しいと思っているから、こういうことができるのだ。
でも人間がみな同じ意見をもっているわけではないから、このホテルをたてることに反対するひとたちもいた。だけど、そのひとたちの意見は、冬がくれば木の葉が姿を消すように、しぜんと聞こえなくなってしまった。
(中りゃく)
自分の意見がただしく、相手の意見はまちがっている。まちがっている意見と、その意見を言うひとは、話し合いの場から追放してしまおうと考えると、なにも決まらなかったり、一番おおく賛成された意見がまかり通ったりするということは、とても悲さんなことなので、ひとの話はよく聞いて、いろんな意見をみとめあうことが大事なのだ。
それが教くんである。
○ ○ ○
合唱コンクールにむけて、クラスのみんなでどんな歌をうたおうか話しあっていたら、けんかがはじまってしまった。自分がうたいたい歌を、どうしてもうたいたい。こんなことはみんなが思っていることだ。
そんなあらそいを見ていたチカちゃんは、そこで思いついた森の動物たちのお話を、家に帰って宿題を終わらせてから、夜おそくまで書いた。
そして、こんな立派なことを書ける自分はすごいと思って、このお話をだれかに読ませたいと考えた。
だからチカちゃんは、紙を半分にたたんだものをいくつも重ねて、たたまれたところをホッチキスでとめて、本のようなものを作った。そのあと、さっき書いたお話を、その本のようなものに書きうつした。
チカちゃんは、友達のみすずちゃんにその本のようなものをわたそうとした。
「みすずちゃん。読んでみて」
みすずちゃんはべつに読みたいわけではなかったから、その本のようなものを受けとらなかった。
チカちゃんは、そんなみすずちゃんの、そっけない態度にはらをたてて、こころのなかで、みすずちゃんをバカにした。
(こんなにすばらしいお話を書いて、そこに、ただしいメッセージをこめたのに、それを読まないなんて、みすずちゃんは、ぜったい悪いひとになる)
そんなふうにチカちゃんは思ったのだ。
○ ○ ○
むかし、とても悲さんな時代があった。その時代、世界はとんでもない不幸につつまれていた。
それは、あるひとたちが、ほかのひとたちを「遅れたまちがった考え方をしている人たち」と決めつけて、自分たちと同じ考え方をするように、暴力をふるって脅はくしていた時代だ。
そんな時代は、二度とこないでほしいと、いまでは、ほとんどのひとが思っている。
でも、よくよく周りを見てみれば、暴力をふるわないだけで、相手の考え方はまちがっているから、正しい自分の考えにみちびいてあげようとかんがえているひとたちを、よく見かける。
それは、ひとをころしてしまうような暴力をふるっているわけではないけれど、みんなそういう人たちになってしまったら、不幸につつまれた世界になるのだろう。
――――――
こんなことを書いているわたしは、いままで自分の書いたことが、まちがいなく正しいなんて、一度も思ったことはありません。
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