どくせんしたい

 せんで押すと、ビー玉は、しゅわしゅわとしたラムネのなかを、自分の居場所へとしずんでいった。飲み口のところを、おや指とひとさし指で持って、前後にふってみると、ビー玉はからんからんと音を立てた。

 あのときのぼくの気持ちを、こんな風にたとえてみると、もしかしたら、うまく伝えられるのではないかと思った。だって、あの気持ちを、そのまんま話すのは、はずかしくて、いろいろごまかしてしまいそうだから。


 でも、勇気をもって、正直に話してみよう。


 ぼくが、マリちゃんのことを好きだということは、周りのクラスメイトも気づいていたことだと思う。でも、その好きという感情に、もっとこわい意味がふくまれていたことには、だれも気づいていなかったと、いまでは考えている。

 ぼくは、マリちゃんを「どくせん」したかったのだ。ほかの男の子が、マリちゃんと話しているのを見ると、いらいらしてしまう。つらくなってしまう。悲しくなってしまう。だからぼくは、マリちゃんに、たくさん声をかけて、ずっと話をしようとがんばった。

 マリちゃんは自分のことを、「はずかしがり屋」だと言っていた。ぼくはそれを聞いて、うれしくなったことを覚えている。

 だって、うらを返せば、マリちゃんはぼくを、信らいできる人間だとみとめてくれたということだし、マリちゃんが自分から、ほかのクラスメイトに話しかけることは、ほとんどないということを意味していたから。

 それなのにマリちゃんは、ほかのクラスメイトに声をかけることがあった。いま思えばそれは、マリちゃんが「はずかしがり屋」をこくふくしようと、がんばっていたということなのだけど、当時のぼくはそれを、うら切りのように感じてしまっていた。


 マリちゃんは、小学五年生のときに引っこしてしまった。それは、おや指とひとさし指からラムネのびんが落ちて、パリンとくだけてしまったときのような、しょうげきだった。

 それでもマリちゃんは、「たまにお手紙、書くからね」と約束してくれた。そしてほんとうに、二週間にいっかい、マリちゃんから手紙がきた。

 最初の手紙には、「はずかしくて、新しいクラスメイトに声をかけることができていないんだ」と、書いてあった。その文章からは、マリちゃんの苦しさが伝わってきた。それなのにぼくは、マリちゃんが、ほかの男の子と仲よくなっていないんだと思って、うれしい気分になってしまった。

 しかし、次の二通目の手紙には、「少しずつだけど、クラスメイトと話せるようになってきた」と書かれていて、ぼくは気が気ではなくなってしまった。

 そして、次の三通目の手紙には、「ケンタくん」という男の子の名前が書いてあった。マリちゃんはそのケンタくんと、仲よくなったというのだ。

 今度は、鈴をたてに、何度も、何度もふった時の、なかに入っている玉の、キンキンとした音のような、うるさくてたまらないこころの悲鳴が、たえずぼくを苦しめた。ぼくはマリちゃんに手紙の返事を書くことができなくなった。


 それでもぼくは、マリちゃんのことを忘れることができなかった。そしてそのケンタくんのことを、マリちゃんは好きになっているのではないかと思ってしまった。

 だってぼくがマリちゃんを好きになったきっかけは、ぼくがいまの学校に転校してきたとき、となりの席のマリちゃんがぼくに話しかけてくれて、たくさん、困っているところを助けてくれたからだった。

 マリちゃんはいま、あのときのぼくのような立場で、ケンタくんは、あの時のマリちゃんのような存在なのだときめこんでいた。だから、マリちゃんがケンタくんを好きになるのは、ぼくがそうだったんだから、とうぜんだと思っていた。…………


   ○   ○   ○


「こわいね。しっとって」と言って、マリちゃんは、声をだしてわらった。

「わたしはね、なんで手紙の返事がこなくなったのかが、不安だったの。ほかに好きな子ができたんじゃないかなって、思ってた」

 マリちゃんはそう言って、ぼくの目をじっと見てきた。ぼくはマリちゃんから目をそらすしかなかった。

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