みんなおんなじ
海のむこうから帰ってきたおじさんは、こんなお話をぼくに聞かせてくれた。でもぼくは、おじさんのお話が、よくわからなかった。
○ ○ ○
…………その子とその子はね、いつもサッカーをして遊んでいたらしいんだ。遠いところから、あいての取りやすいところに、けれるんだ。そのきょりは、毎日、すこしずつ長くなっていってね。ふたりとも、プロのサッカー選手になれたんじゃないかな。
でも、その子とその子は、いっしょにサッカーができなくなってしまったんだ。どちらかが、どこかへ引っこしたんじゃないよ。同じ村にいるんだ。でも、もう遊べなくなってしまった。
その子たちはね、べつべつの「みんぞく」だったから。
みんぞくというのはね……そうだねえ、せつめいするのは難しいな。とにかく、ちがうみんぞくどうしはね、たまに、仲がわるくなってしまうんだ。「あっちのみんぞくは、自分たちのみんぞくより、良い生活ができている」とかね。
だから、その子たちの親はいうんだ。「あの子は、わたしたちとはちがうみんぞくなのよ。だから、仲よくしちゃだめだよ」って。
○ ○ ○
たんにんの先生は、「今日からあだなは禁止です」と、ぼくたちに注意した。
いじめっこたちが、ひどいあだなをつけてクラスメイトをよんでいたことが、先生の耳にはいったらしい。
「なになにくん、なになにさん」とよぶことが、ぼくたちのクラスのルールになった。
そのせいで、ぼくは、「たくみくん」を「たっくん」とよべなくなってしまった。その日から、「たっくん」を「たくみくん」と言うことになってしまった。ぼくも「よっちん」じゃなくて「よしひろくん」とよばれるようになった。
○ ○ ○
ぼくは、おじさんにそのことを話した。するとおじさんは、「すこし、やりすぎな気がするなあ」と言った。ぼくもそう思っていたから、そう言ってくれるとうれしかった。
「でも、すごく大切なことを、そこから学べたんじゃないかな」と、さらにおじさんはしゃべり続けた。
○ ○ ○
ひとはね、いろいろな名前をもって生きているんだよね。よしひろくんは、うまれたときに、お父さんとお母さんから「よしひろ」という名前をもらっただろう。
でも、よしひろくんには、「よっちゃん」というあだながあるし、学校では「学級いいん」ともよばれるだろうし、おこられちゃうかもしれないけど「泣き虫」だって、おじいちゃんに言われて……ごめん、ごめん。おこらないで。でも、もっとたくさん、よしひろくんのよびかたがあるよね。
ひとはね、生きていると、いろんな名前をもらうんだ。そして、その名前のちがいが、ひととひとのちがいを、あらわしているんだ。
○ ○ ○
おじさんが、ぼくにそう話していると、お父さんが、「雄三、そんなヘンなりくつをよしひろに教えないでくれ」と、新聞をめくりながら、あきれたように言った。ゆうぞうというのは、おじさんの名前だ。
「ハハハハハ。でも、オレはけっこう真けんなんだよ。あっちに行ってたら、いろいろ考えさせられてね」
おじさんは、つめたいお茶を一口のんだ。コップのなかで、氷がからんとなった。
「でもさ、ひとは、いろんな名前でよばれるけど、けっきょく、みんなおんなじ人間なんだ。だから、おたがいのことを、わかりあえるだろうし、もっと仲よくできるだろうし、争いなんてしなくてすむはずなんだ」
○ ○ ○
おじさんは来週、また、海のむこうへ行くのだと言った。旅びとという名前をくっつけて。
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