ワイスピ

 これは、僕が大学1年生の頃の話である。

 

 大学に入って早々、僕は春休みにアルバイトで貯めた貯金をはたいて、自動車教習所に通い始めた。

 

 仲の良い男女グループで、車で遠出をするような、そんな大学ライフに憧れたからである。

 

 早く青春を桜花したかった僕は、大学の授業の隙を見ては教習所に通い、3ヶ月程で仮免取得手前まで進んだ。

 

 僕の通う学校では、仮免取得前の実技科目に、自動車を模したゲーム機を使ったシミュレーションの授業があった。

 

 先生「えー。じゃあ今日は、シミュレーション機を使った授業をします。」

 

 その日の授業に参加しているのは、10人くらいだったろうか。シミュレーション機は複数台あり、全員シートに着席した状態で顔だけ先生に向けて話を聞いていた。

 

 先生「えー…、これから皆さん同時にシミュレーションを開始してもらいます。早く終わった人は、シミュレーション機に座ったまま他の人が終わるのを待ってるようにね。」

 

 この回の先生は、白髪で初老の穏やかな雰囲気の紳士だった。

 

 先生「はい、じゃあキーを回して、エンジンかけてね。あとは画面に出る指示通りにゲームを進めるようにね。」

 

 僕は言われた通りにすると、画面に目を向けてゲームを開始した。

 

 どうやら交通ルールを守りながら、目的地を目指すゲームのようだ。途中で色々なハプニングが起こるので、臨機応変に対応しなさいとのことである。

 

 ぼく(つまり、ブレーキやウインカー、後はスピードに気を使えばいいんだな。)

 

 早速コツを掴んだ僕が、車を走らせていると最初のハプニングが発生した。

 

 停まっていた車の死角から子どもが飛び出してきたのである。急ブレーキをかけたが遅かった。

 

 ぼく(やべ、1人はねちゃった…。)

 

 すると画面にパッとお姉さんが出現し、今のシチュエーションでどんな運転判断が必要なのか、なぜ事故を起こしてしまったのか解説をしてくれた。

 

 ぼく(なるほどなるほど。こうやって1回1回説明してくれるのか。)

 

 親切なお姉さんに感謝し、僕はアナウンスに従ってまた車を発車させた。

 

 暫くすると今度はすごいスピードで、横道からバイクが飛び出してきた。キキーッ!ドン!事故。

 

 — ん??

 

 ぼく(今のは防ぎようがあったか?)

 

 左右でシミュレーションに取り組む2人を横目で確認すると、同じお姉さんからの解説を受けているようだった。

 

 ぼく(ははーん、そういうことか…。)

 

 僕はようやく理解した。これはゲームで言うところのムリゲーというやつだ。

 

 つまり、プレイヤーの操作と無関係に事故は起こり、お姉さんからのアドバイスを受けることこそが目的というわけだ。

 

 僕はシミュレーションの主旨を理解出来ていなかった自分が急に恥ずかしくなった。

 

 ぼく(なら、早めに終わらせて他の人のシミュレーションでもみてよ…。)

 

 そう思い僕は車を再発車させ、その後はアクセルベタ踏みで、ハプニングをテンポ良くこなしていった。

 

 先生は、各シミュレーション機の後ろをゆっくり往復して、それぞれの進み具合を確認している。

 

 僕が時速200キロオーバーで、9人目をはねた時、先生がその日初めての大きな声で言った。

 

 先生「ちょっとみんな1回とめてー!」

 

 ワイスピ 完

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