第14話:嘘泣き

「はぁ……は、入り辛い……」


 俺は家の前に突っ立っていた。

 嫁がギャンブル依存症になり、貯金を切り崩してまでもパチンコに通っている。

 その事実を知ってしまったばっかりに、どんな顔をして家に帰るか迷っているのだ。


 悪いのは相手側。


 だが、どうして俺のほうがこんなにもドキドキしてしまうんだろう?


 結局、一度家の前に来たが、近くの公園に引き返してしまった。

 そこで暫くの間、ベンチに座り物思いに耽ってから、俺は帰路へと着くのであった。


「おかえりなさい、海斗くん。それで今日はどうするの??」


 考える時間が無駄だったと思えるほどに、嫁は能天気だった。

 今日も今日とて、裸エプロン姿でお出迎えだ。

 本日は黒紫のレース下着。余程ヤル気なのだろう。


「飯」

「了解ー。んー? あれ? 何だか、今日は浮かない顔だね?」


 察しがいい。俺の機嫌を把握できるとは。

 ただもっと早めに気付くべきだったな。


「会社でちょっとあってな……」

「そっか。帰り遅かったもんね。ごはんの準備急ぐから。ちょっと待ってて」


 箸を入れただけで身から汁が溢れ出すカレイの煮付け。

 市販のカット野菜をベースに、茹で卵、トマト、クルトンを合わせたシーザーサラダ。

 居酒屋のお通しで出てきそうな、ごま油と出しで味付けられたきゅうり。

 赤味噌を使用したなめこと豆腐の味噌汁。


 本来ならば喜んで食っていたメニューなのだが……。

 今日は、はいそれと楽しんで食えるわけではなかった。

 味はするのだが……少しだけ薄く感じてしまうのだ。


「食欲悪いの? 普段はおかわりするのにー」


 俺が食い終わった食器を洗いながら、堕落嫁は訊ねてきた。

 食事後ならさっさとお風呂に入る俺なのだが、今日はテーブルについたままだ。


「最近通帳の減りが早い気がするんだが?」

「気のせいじゃない?」

「いや……絶対に減ってる」

「あ、海斗くんが喜ぶ料理を作ってるからかも。ごめんなさい。悪気はなかったの」


 素直に謝るのは認めるが、言い訳がましい。

 ていうか、元々何が原因か知ってるし。


「それを考慮しても減りが早い。俺の給料よりも明らかに高いんだけど?」

「それならもっと稼がないといけないねー」

「いや、そんな問題じゃないだろ!!」


 今まで流れていた水の音が止まった。

 その代わりに、口汚い言葉が飛んできた。


「何? 自分が安月給なだけでしょ? 逆ギレしないでよ」


 安月給というのは一歩引いて認めてやる。

 だが、そんなことをわざわざ面と向かって言われたら、言い返したくなるのは当然だ。


 ていうか、突然キレだしたお前に問題がある。


「誰のおかげで生活できてると思ってるんだ」

「はい? あのー仕事頑張ってる自分アピール?」

「事実を述べただけだ」

「で? 何? 仕事頑張ってる自分を労われとでも言いたいわけ?」


 そーいう気持ちも山々あるのだが。

 言いたいことは、ただ一つだ。


「なぁー。お前さ、お金を無駄遣いしてるだろ?」


 突然の宣告に堕落嫁は目を僅かに逸らしながら。


「うーん。し、知らない」


 しらを切るつもりか。舐めやがっている。

 だが残念。こっちは証拠を持ってるんだよ。

 目はパチパチと瞬きさせてるし。

 ていうか、一向に目線を合わせようとしない。

 分かりやすい女だな。

 嘘を吐くならもう少し堂々としとけよ。


「本当にか? なら家に泥棒でも入ってるのかな」

「そうかもしれないね。怖いね」

「本当のことを言ってくれ。俺とお前しかこの家に居ないんだぞ」


 自分から言って欲しかった。

 正直に話して欲しかった。

 俺が求めていたのはそれだけだったのに。


「酷い……妻の言葉を信じられないんだ」

「はぁ?」

「酷いよ……わたし頑張ってるのに」


 はい、出ました。嘘泣きですー。

 悪いことを一切してないのに、何だか自分の方がイケナイことをしてる気分になるからやめてほしい。だが、もうこちらは物的証拠があるのだ。


「こっちはさ……海斗くんのことを思って……美味しい料理を……食べさせ……な、なぁ、ううう」


 涙を拭き取っていますが、全部無駄だよ。

 泣けば全てが許されると勘違いしてるのかな?

 でも、そんなことありえないからね。


「わ、わたしは……か、海斗くんの、海斗くんの……と、隣に……ずっとずっとい、居たいから」


 堕落嫁は顔を抑えてくぐもった声を出した。


 普通に泣いてるだけじゃ無理だと判断したのかな?


 はい、正解です。でも模範解答ではありません。


「お前は本当に何もやってないんだな??」


 最後の最後に俺は救いの言葉を掛けてやった。

 これで白状すれば、まだ見逃してやるつもりだ。


 だが、相手は堕落嫁。

 情けを与えた程度で折れるような人間ではない。


「うん……本当に何もやってないよ」


 上目遣いでグスグスしながら言っても無駄だ。

 以前までの俺ならば許してやるかとも思っていたかもしれないが、もう限界だった。


「もしも嘘だったらどうする??」

「何でもする。海斗くんの好きにしていいよ」


 その言葉を待ち望んでいた。

 これでもう相手は逃げも隠れもできない。


「楓……もう俺たちは終わりだ。別れよう」


「……えっ、またメンヘラじゃん。ねぇー本当にそーいうのやめてっ!! 言われる側の気持ちも考えてよ! 毎回毎回ネガティブな発言して、わたしの気を引こうとしても無駄だから!!」


「あーもう無駄だな。でも安心しろ。もう二度と聞かなくて済むと思うからさ」


「何、本当にやめて! そうやってさ、ワガママ言わないでよ。簡単に別れるとか言わないでよ!」


「簡単じゃないよ……これを見てみろ。お前がこんな奴だとは思ってなかった」


 琴美から受け取った写真を見せつけてやると、楓は眉を僅かに細めた。


「な……何、これ……ちょ、ちょっとこ、これ……」


 堕落嫁は俊敏な速度で写真を奪い取ってきた。

 それからまるでマジシャンがトランプを捌くような速さで確認していた。

 顔色が見る見る青ざめていく。マズイと確信しているのだろう。


「残念だが、もう俺はお前の面倒を見ていられない。限界だ」


「……や、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ……」


 現実を受け止められないのか、堕落嫁は駄々を捏ね始めた。


 でも、こっちのほうが願い下げだ。


 これ以上付き合ってられない。


————


 まだ続きます。

 長らくお待たせしました。

 少しばっかし他作品に集中していました。

 今日からはこちらを優先して投稿します。

 来週中には完結目標。

 ただ個人的には、土日の間に終わらせたいです。

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