第10話:無理なものは無理
「あのさ……楓。ちょっとお前どうしてしまったんだ?」
普段ならば軽く流すところだが、ここまで脳の侵食度が激しいとなると、黙っていられなかった。
だが、訊ねたところで無駄だった。
「ん? 何かおかしいこと言った?」
「逆におかしい点は何もないと?」
「うん。可愛いお嫁さん感が出てるでしょ?」
結婚一年目の初々しい女性がするならまだ分かるかもしれないが、結婚三年目の堕落嫁に言われてしまうのはただのホラーとしか言いようがなかった。何を企んでいるのかは知らんが、慎重にならなければ。
「先に飯を食う。てか、服を着ろ。寒いだろ?」
「なら……海斗くんが温めてよ」
「はぁ??」
楓が自分から性行為を求めてくるのは珍しいことだ。
付き合っていた頃は殆ど毎日していたけれど。
ここ最近は全くと言ってしたことがない。
俺自身仕事が忙しくて、かまってやれないことが多かったし。
「温めてくれないの……? こ、こんなに頼んでいるのに」
三年前に一生愛し続けると誓った彼女がスーツの裾を掴み、上目遣いで覗き込んでくる。
ここまでのアプローチは久しぶりだ。もしかしたら、何かあったのかもしれない。
「体を冷やしたら元も子もない。とりあえず服を着ろ。話はそれからだ」
了承はしなかったものの、楓は良しとしてくれたのか、服を取りに自分の部屋へと行く。
その間に俺は手洗いうがいを済ませ、それから顔もゴシゴシと何度も丁寧に洗った。
だが、夢から覚めることはなく、これが全て現実だと改めて思い知った。
「はい。海斗くん、今日はいっぱい食べてね。おかわりもあるからね」
薄紫色キャミソールの上からエプロンを着た楓に促されつつ、俺は椅子へと座る。
リビングのテーブルに並べられていたのは、甘辛く味付けられたうな丼。
上には、ごまと青葉が乗っており、色取りも悪くなかった。
うな丼の味に飽きた場合に、味変するためか、山芋のすりおろしもある。
多少の醤油と酢を垂らして食べたらその美味しさは格別だろう。
副菜としては、ニンニクとその芽をふんだんに使用したニラレバー。
他には、味噌汁。具材は油揚げとミョウガ、それと……あ、あれ何だ……?
何かの手に見えないこともないのだが。
「あの……こ、この手は何??」
「スッポンだよ」
「ふぇ??」
「ど、どうしてそ、そんなものを?」
「えっ?? 決まってるじゃん。精が付くようにしようと思って」
言われてみれば、料理の全てが精に関するものだった。
頑張って作ってくれたのは有り難い話なのだが……そ、それでも。
「あの……か、楓。俺……も、もう今日は無理なんだけど」
「えっ……? う、うそでしょ……?」
「いや。もう少しゆとりがあるときにしたいかな」
「男として情けないと思わないの? ここまでお願いしてるのに」
「それでもさ、無理なものは無理と言いますか」
「それってさ。わたしはもう魅力がないとでも言いたいわけ??」
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