第8話:酷い人

「嘘だって酷いな。そんなにモテなさそうに見えるか?」

「先輩はカッコいいし面倒見も良いので、確実にモテると思いますが……全然納得できません!?」

「納得できないと言われてもだな……」

「先輩が結婚してるとか聞いてないです」

「言ってなかったからな」

「どうしてもっと早めに教えてくれなかったんですか!」

「教える必要はないかなと思って」


 俺の発言を聞き、琴美は顔を俯かせた。一度も染めたことがないと思わせる黒髪が頬を掠め、目元に影を作り出す。


 それからゆっくりと小さな声で。


「……せ、先輩は……酷い人です」

「酷い人??」

「はい。イジワルです。隠してるだなんて」

「隠してるわけではなかったんだがな」

「絶対隠してました。色恋沙汰には全く興味なしの顔をしてたくせに……もう既に奥さんが居るとかズルいです!!」

「聞かれなかったから答えなかっただけだよ」

「今後は正直に答えてくださいね」

「答えられる範囲でな」


 俺の返答に満足したのか、琴美はニコッと笑って。


「先輩は奥さんを愛していますか?」

「答えないとダメか? 照れ臭いんだが」

「答えないと許しません」

「愛してる」


 一瞬だけ琴美は顔を歪ませたが、直ぐに笑顔になった。

 先程の顰め顔は何だったのだろうと思ったものの、「うわぁー真面目に答えるんだぁー」という風な若干の引きがあったのだろうと結論付け、それ以上は考えることはしなかった。


「先輩の奥さんは幸せ者ですね。先輩みたいな誠実な人と結婚できるだなんて……う、羨ましいです」

「誠実な人って、それは言い過ぎだよ」

「いいえ」


 断言した琴美は目をキラキラと輝かせ、両手を握りしめた。

 まるで御伽話に出てくる王子様が来ることを待ち望む、若い女の子みたいな格好だ。


「人前で愛してると言えるなんてカッコいいです」


 もっと言って欲しい気持ちがあるものの、それ以上言われてしまうと、顔のニヤケが止まりそうにないので、丁重に誤魔化して、事なきを得た。



 仕事も家庭も順調な一日。

 昨日は離婚宣言したものの、楓が今朝の調子ならばまだまだやり直せそうだ。


 そう思って、俺が自宅の扉を開くと。


「おかえりなさい。海斗くん」


 俺の帰りを待っていたのか、楓が正座していた。

 顔を見るなり、頭を深々と下げる姿は女将みたいだ。

 だが、明らかにおかしいところがある。


「おい……どうしてお前は裸エプロンなんだ??」

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