第7話:ありがとう

 久々に食った楓の料理は美味かった。

 勿論、味噌汁ならぬ、チョコクリーム汁は怒涛の不味さを誇っていたものの、最後の一滴も残さずに飲み干すことができた。そんな俺を心配するような目付きで眺めてくる楓に対して、「ごちそうさま。美味かったよ」とお世辞を投げてやると、心底嬉しそうな表情を浮かべて「ありがとう」だと。


 結婚してからは笑っている顔よりも怒っている顔を見てきたので気付かなかったが、彼女の笑顔は愛らしかった。

 誰が何と言おうと他を惹きつける魅力がある。

 大学時代の俺が恋をして、結婚を申し込む程度には。


 このまま楓がずっとあのままで居てくれたらいいのに。

 そうすれば、俺たちはもう一度やり直せるかもしれない。


「高橋先輩ッ!!」

「ハッ……」


 仕事中だというのに物思いにふけてしまっていた。

 何をやっているのだろ。

 職場内では真面目な高橋海斗と呼ばれているのに。


「もうぼぉーとしてどうしちゃったんですか? 珍しい」


 黒髪ショートに眼鏡を掛けた後輩——琴美コトミが顔色を変えて訊ねてきた。普段の俺はキビキビと動く人間なので、多少の興味があるのかもしれない。


「いや……ちょっとね」

「何か良いことでもあったんですか??」

「ど……どうして、そ、それを……?」

「今日の先輩……幸せそうなオーラが見えますし」


 自覚はないが、今の俺は幸せそうに見えるのか。


「実はさ、嫁さんが弁当作ってくれたんだよ」

「ん?」

「弁当だけじゃなくて、朝飯も作ってくれたんだよ」

「いや……そ、そうじゃなくて。嫁さんって??」

「あーと教えてなかったっけ? 俺、一応結婚してるぞ」

「…………う、うそだ……そ、そんなのぜ、絶対に嘘だ」

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