第6話:反省してるのか?

 深々と頭を下げられてしまうと、それ以上はもう何も言えなかった。甘い人間だと自覚はある。それでも嬉しかったのだ。

 これでも目の前に居る女性が変わってくれることを、俺は待ち望んでいたのだ。数年間ずっとずっと。

 遂に少しは反省してくれたのか。悪魔の心を持っている奴だと思っていたが、こんなゴミ女でも人間の心が残っていたらしい。


「俺も悪かったよ……昨日ちょっと言いすぎた」

「お互い様だね。どうしてわたしたち……こんなふうに」


 お前のせいだよと言い出したかったが、甘い雰囲気が漂っていたので、ここはもう何も言わないことにした。

 朝っぱらから喧嘩をするなど、絶対にしたくないのだ。


 それに今日は楓が作ったという朝ごはんがあるのだ。

 久々に妻が作ったものを食べられるだけで嬉しい。

 やっぱり甘いな。散々酷い仕打ちを受けてきたってのに、少し優しくされただけで……こんなにも許してしまうんだから。


「海斗くんって普段はどんな朝ごはん食べてたの?」

「あーと食う日は適当にコンビニで買ってた。まぁー基本的に、朝抜きが多かったかな?」

「あ……じゃあ、わたし……迷惑だった? 張り切って朝ごはん作ったけど……今日大丈夫だった?」

「あるなら食べるよ。楓が作ってくれるなら」


 俺の返答を聞いて、楓はニッコリと笑みを浮かべた。

 久々に見た嫁の笑顔は腐り切った俺の心を浄化していく。

 今まで抱いていたあの怒りは何だったんだろうか??


「あーもう何やってるの。海斗くんは座ってて」

「いや……でも楓が朝ごはんの準備をしてくれてるし」


 飲み物を取りに行こうと立ち上がると、楓に座るように命じられてしまった。考えられない事態だ。いつもならば「自分で取りに行けよ」とか「わたしは海斗くんのロボットじゃない!」と全力否定してくるくせに。


 もう怖いよ、俺人間不審になるよ。

 何を考えてるんだ? こ、コイツは……。


「お仕事いつも頑張ってるんだもん。ほら、何してほしいの?」

「えと……飲み物を取りに行こうと」

「だろうと思った。はい」


 俺の心を先に読んでいたのか、楓の手にはもう水がある。

 以心伝心だな。

 これではまるで俺たちが仲良し夫婦みたいじゃないか。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 やべぇー惚れそう。待て待て。俺よ、正気に戻るのだ。

 コイツが優しくなるなんて、絶対に何か裏があるはず。

 一切の警戒を怠るわけにはいかない。


「いっぱい食べてね。沢山作ったから」


 綺麗に並べられた朝ごはん。

 白米。味噌汁。卵焼き。ウインナー。

 どんな家庭でも食べられそうな定番メニューなのだが、俺にとってはどんなごちそうよりも美味しそうに見えた。


「毒とか入ってないよな?」

「わたしは人殺しとかしません!!」

「そうだよな……」

「食べたくないんだったらもういいよ……」


 プイっと顔を背けられてしまう。

 今のは俺が悪かったな。嫁を信じるべきだよな。


「食べる食べる。いやちょっとあまりにも夢見心地で」

「普段のわたしはそこまで悪魔ですか?」


 そうだよとツッコミしたい気持ちは山々だが、早く食べてと主張するかの如く、朝飯たちが食欲を誘ってくるのだ。


 一番最初は味噌汁からと口に入れた瞬間、俺は違和感を覚えた。あれ……これ味噌じゃなくねと。てか、妙に甘くねと。

 頭の中で味噌汁を飲んでいると思っていたのに、口の中に混入してきたのは甘い味。それも……こ、こ、この味は!?


「おいっ!? 楓ッ! お前これ味噌じゃねぇーよ!」

「う……うそ。そ、そんなはず……」


 慌てた声を漏らして、楓は味噌と思っていたものを確認し、「あはは……」とぎこちない笑みを浮かべてきた。


「ごめん……間違って……チョコクリーム入れちゃった」


 完全に忘れていたが、コイツはど天然な一面もあるのだ。

 あれほどアイツを警戒していた俺が間違いだ。どうせ、何か悪いことを企んだところで、すぐにボロを出すはずだ。

 どこをどのように間違えれば、味噌の代わりにチョコクリームを入れるのかと問い正したいが、それでも朝飯を作ってくれただけでも有り難いと思うべきだな。


「ごめん……こ、これ片付けるね」

「いや。待てよ、注がれた分は全部食べる」

「えっ……? で、でも……ま、マズイでしょ?」

「折角作ってくれたんだ。食べないわけにはいかないだろ?」

「無理して食べなくてもいいんだよ……」

「無理なんてしてない。俺が食いたいから食べるだけだ。昨日、カップ麺しか食ってなかったから丁度腹減ってんだよ」

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