第4話:離婚とかありえない
「俺の方で殆ど書かせてもらった。あとはお前が名前を書いて、ハンコを押すだけだ。ほらぁ、さっさと書いてくれ」
離婚届を渡すと、堕落嫁は絶望に満ちた表情になる。
ここまで深刻な問題に発展するとは思ってもなかったのだろう。多少は俺の本気度が伝わったのならば、それでいい。
「ふざけないで……こ、こんな真似をしてタダで済むと思っているわけ? わたしたちの結婚生活楽しかったじゃない?」
楽しかった? あぁーそれはそうだろ、お前はな。
あらほらさっさと一人でテメェみたいなゴミを養うために、俺は働き詰めで、帰ってきてからは家事三昧だ。
で、お前は一日中ダラダラと過ごして、気が向いたと思いきや、ギャンブルにハマって……金を溶かしていたんだからな。
「同情作戦で俺を釣ろうと思っても無駄だぞ。お前には何度も何度も騙されてきたからな。しのごの言わずにさっさと書け」
「同情作戦とかひ、酷いよ……わ、わたし……」
堕落嫁は泣き出してしまった。傍ら見れば反省しているように見えなくもないのだが、コイツは違う。ただの嘘泣きだ。
男使いが荒いこの女は同じような手口で、色んな男から金を巻き上げていたっけ。その金で俺に奢ってくれたことはあったけど。まぁーそれはただ羽振りが良かっただけと思うが。
「お得意の嘘泣きが遂に発動か。でも俺は動じないぞ」
「海斗くんは変わった。変わっちゃった……昔はやさしかったのに。あの頃はもっとやさしくしてくれたのに……」
「黙れ。それは俺のセリフだ」
「結婚してから海斗くんは変わった」
変わったのはお前だ。俺は何も変わっていない。
女の涙には甘いところも。
心の中では、まだ……お前を好きって気持ちも。
だからこそ今まで頑張ってきたのに。
「おい。さっさと書けよ。もう俺たちは終わりなんだからさ」
その言葉を聞いてか、楓の手は動いた。離婚の決心が付いたのだろう。これでもう楓とはお別れだ。もう会うこともない。
そう俺は信じ切っていたのに。それなのに。
この堕落嫁が早々と狙った獲物を逃すはずがなかった。
「……う、うそだろ……お、おい……や、やめろ」
俺の呼びかけに答えることなく、楓は淡々と離婚届をビリビリに破り捨ててしまったのだ。折角今まで準備してきたはずの、公的書類は何の意味もなさない紙屑になってしまった。
「海斗くん」
自分の名前を呼ばれただけなのに、何故か背筋が凍る。
まるで呪いの言葉を言われてしまったかのように。
声の主は決意に満ちた表情だった。だが、そこに爽やかさは全く感じない。泥沼にハマったので他の奴等も道連れにしてやるという執念深さが感じられる悪どい代物であった。
「わたし……絶対に離婚しないから。別れる気ないし」
蛇に睨まれた蛙と言うべきか、俺は言葉を失っていた。
ただ何も言えず、相手の次なる声を待っていた。
「簡単にわたしから逃げられると思わないでね。一度掴んだ幸せは……絶対離さないって決めてるんだから……うふふふ」
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