第26話 読みに来る?

 日曜日の午前十時、はなえは駅前に立っていた。ジーンズにオーバーサイズの白Tシャツ姿で、黒い小さなリュックを紐いっぱいに伸ばして背負っている。時間を確認するためにスマートフォンを取り出していると――


「はなちゃん」


 声を掛けてきたのは、白いセーラー風のワンピースを着た杏奈だった。いつもゆるふわに下ろしている髪は、お団子にまとめられている。水色の小さなリボンがあしらわれた白のショルダーバッグを下げ、右手にはなにか紙袋を持っている。


「あんちゃん、可愛い」

「ありがとう」

 そう言って杏奈は、はにかむ。

「ちょっと気合入れてもた」

「分かる分かる」


 にこやかに話す中、少し遅れてもう一人、待ち合わせていた人間が到着した。


「おっすー」

 誠人は、暑そうにキャップを外して汗を拭っている。七分丈の黒パンツに白Tシャツの上にブルーの開襟シャツを重ねている。

「待たせてもた?」

「ううん、大丈夫」

「突然……ごめんな」

「ええよ。ふたりが野球に興味持ってくれて嬉しいし」


 誠人について駅からコンビニエンスストアを曲がり、長い急な坂道を上っていく。そこに誠人の家があるそうだ。なぜ――ふたりで遊びに来ているか。初戦の後、学校へ帰る途中、野球漫画の話をしていたら誠人が言ったのだ。


『俺んち、漫画あるから読みに来る? あれやったら貸すし』


 坂の上にある一軒家を見て、はなえは『なんだか長谷川くんらしい』と思った。外からすでに温かみがあり、きっと家の中は笑顔が溢れているんだろうなと。


「ただいまー」

「お邪魔します」

「……オジャマシマス」


 ドアを開けるとひんやり、クーラーで冷やされた空気が気持ち良い。杏奈は緊張で思わず片言になってしまっている。


「あ、今、親出てるし」

「そうなの?」

「え!?」


 ――ここは気を使って用事ができたと帰るべきなのだろうか?


 はなえがチラッと杏奈を見ると、ガシッと腕を掴まれる。震えながら腕を掴みながら、杏奈は小刻みに顔を振る。命綱を掴むような表情だ。心の声が聞こえるようだった――置いていかないで、と。


 生まれたての雛のような杏奈に、はなえは静かに頷く。


 すると――


「おかえりー」

 と、リビングから『あべのの人』改め徹也が出て来た。

「はせやんから今日みんな集まる聞いてん。もう早よ言うてやー」


 のほほんと言う徹也に、はなえと杏奈は、どこか残念な気持ちになっていた。

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