第22話 エスパー!?
はなえはジャージ姿でグラウンドの端から様子を伺っていた。
中間考査明け、補習期間の野球部は人がまばらだ。
「橋本さん、今日ひとり?」
後ろから突然声を掛けられて、はなえはビクッとして振り向いた。背後にいた野球部部長の渡瀬はニカッと笑みを浮かべる。
「驚かせてもうた?」
「すみません……」
「ええねん、ごめんな。誠人は?」
「補習……です」
「片岡さんも?」
「はい」
はなえは周りをキョロキョロ見る。渡瀬への好意に気づいているっぽい三好マネージャーが見ていたら――となんだか気が気じゃなかった。だが、今グラウンドにいるのは数人の野球部員だけだった。
その気持ちを知ってか知らずか、渡瀬が言う。
「ほな、今日マネージャーで出てきてるん、二年と一年のふたりだけか」
「え、じゃあ三年生……えっと三好先輩は?」
「三好? 三好も補習受けてるで。受験生やのになぁ」
「そうなんですね……」
はなえが思わずホッとすると、渡瀬が優しい笑顔を見せる。
「三好となんかあった?」
「え!」
――エスパー!?
「ぶっ」
渡瀬が吹き出す。
「あはは、橋本さん分かりやすいなぁ」
「すみません……」
顔が熱くなっていく気がして、はなえは両手で顔を覆う。
「三好はなぁ」
渡瀬の落ち着いた声音で話す。
「アイツは昔から真面目で、不器用でな。一年の時から、そんなつもりないんにキツイ物言いして同級生に引かれとったなぁ」
はなえは手をどけて、隣を見る。すると野球帽を外した渡瀬と目が合う。
「悪気はないと思うから、許したってな?」
「……はい」
グラウンドの土を蹴りながら、はなえが小声で言う。聞こえないくらいの声で。
「三好先輩と別になにかあったわけじゃないんです……」
三好から渡瀬に彼女がいると聞いただけ。そして、その彼女が三好だと誠人から聞いただけ。ただそれだけのことなのだ。
「部長は……」
「ん?」
「三好先輩と付き合ってるって本当ですか?」
はなえは、渡瀬の顔ではなく、地面ばかり見つめていた。
ほんの少しのはずなのに、訪れた一瞬の沈黙が長く耳に痛かった。
校舎の方から監督が歩いてくる。そろそろ練習が始まる――
「うん。付き合うてるで」
渡瀬の声は、からっとしていた。梅雨晴れの空のように。
そして、野球帽を被り直した渡瀬の声がグラウンド全体に響き渡る。
「集合ーっ!!!」
部長の掛け声に部員が集まる中、はなえは未だに顔を上げることはできなかった。
ただどうしようもなく、胸が苦しかった。
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