第23話 補習中

 1年2組の教室では、赤点を取った生徒が補習を受けている。


 長谷川誠人と片岡杏奈も、そのうちの2人だ。


「あーあ、早よ野球したいわー」

「……しゃ、しゃーないやん……ほら」


 誠人の前では緊張して少し挙動が面白くなってしまう杏奈は、すごい勢いで教卓に置いてあったプリントを誠人に突き出す。


「プリント。これやったら、今日は帰ってええって言うてたし」

「あんがとー」

「ん」


 短く返事をして、杏奈は誠人の隣――『あべのの人』改め渡邊徹也――の席に座る。教師不在だから自由席だ。ちなみに杏奈の自席は教室奥、窓際最後列である。


「わー。ここからの眺めも新鮮やなあ」

「廊下側、ええやろ?」

「うん。早よ席替えせえへんかな」

「片岡の席もよさそうやけどな」

「ええけど……遠いし」

「遠い?」


 誠人はプリントから顔を上げる。そして、1人で納得したように続ける。


「ああ、はしもっさん? ふたりとも仲ええもんな」

「う、うん! そうそう!」


 ゆるふわな茶髪を揺らしながら杏奈が激しく頷く。目の前の男子生徒が鈍感でよかったと思いながら。誠人は、プリントに視線を戻して、思い出したように言う。


「はしもっさんと打ち上げしたいなーって話しててんけど、補習になったし、そうこうしてるうちに第二中間考査やしな」

「ひぇっ」

「次の補習は夏休み中やから、勘弁やなあ」

「ほんまや……補習ならへんかったら、どこか行きたいなー」

「まあ、その前に大阪大会やけどな」


 誠人がシャープペンシルを置いて立ち上がる。


「でけた」

「え、はや……!」


 会話に夢中になっていた杏奈は、まだ名前くらいしか書けていない。慌てて杏奈がプリントに向かう間に、誠人は教壇にプリントを置いている。


「あー、グラウンドにみんなおる。はしもっさんもおるわ」

 誠人はそう言って窓に近寄る。


 教室にはプリントに向かう生徒たちのシャープペンシルを紙の上で走らせる音と、運動部の声、放課後を思い思いに過ごす生徒の声が遠くから聞こえている。

 誠人は窓枠に手をついたままグラウンドを眺め、杏奈はその姿を盗み見ている。


 しばらくすると、教室の扉がガラッと開いた。


「なんや長谷川、終わったんやったら早よ帰って勉強せぇよ」

 入って来たのは数学の教師であった。


「はーい。ほな、お先ぃ」

「……あっ! 長谷川、待って、うちも」


 杏奈はズズズッと椅子を引き摺って立ち上がり、急いでプリントを提出する。

 鞄を取りに自席に向かう杏奈を教師が呼び止める。


「片岡さん」

「――はい!?」


 眼鏡を光らせながら、数学教師はプリントを掲げる。


「回答欄ズレてるで。やり直し」

「ひぇっ」

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