第16話 なおしといて
「よろしくお願いします! では、挨拶からー」
野球部部長の渡瀬がグラウンドで新入生を前にしている。はなえは、3年生マネージャーの三好と一緒に備品確認をしながら、グラウンドを眺めている。杏奈は用事があると部活には出ずに帰った。
グラウンドでは、野球部員と入部体験の生徒が挨拶で盛り上がっている。
「橋本さんって野球好きなん?」
「え?」
「いや、熱心にグラウンド見てるし。今日も部活来てくれてるし」
「野球はよく分からないです。バレー漫画とかバスケ漫画は読むんですけど」
「マンガ?」
「あ、いえ……」
「
「え?」
「あいつ、彼女おるから」
「あ……そうなんですね」
はなえは思わず目線を落としてしまう。
「でも、あの、違いますよ」
それしか言えず、三好の小さな「そっか」の声もよく聞こえなかった。
「なあなあ、はしもっさん」
「うん?」
気まずい空気の中、話しかけてきたのは誠人だった。キャッチボールが終わったらしい。誠人はグローブを手渡して来る。
「これ、なおしといて」
「わかった……あ、でも私にできるかな?」
「なんが?」
「グローブって初めて見たから……」
「いや、なおしてくれたらええねんで」
「わかった」
そう言って、はなえは受け取ったグローブをマジマジと見つめる。グローブは革を革ひもで合わせている。どこか綻びがあるのだろうか。
「橋本さん?」
「はしもっさん?」
「え?」
三好と誠人の不思議そうな声に、はなえは顔を上げる。
「グローブはあのカゴに入れたらええよ?」
三好が言う。はなえは首を傾げる。
「なおしてないけど、いいんですか?」
「なおすんやろ?」
「壊れてないんですか?」
「――ああ!」
合点がいったように三好が大きな声を出す。誠人が手を左右に振る。
「ちゃうで、はしもっさん。『なおす』って『かたづける』ってことやで」
「ええぇ……」
「そうかあ。それで一生懸命グローブ見つめとったんかあ」
「はずっ……」
笑いが起こる中、何事かと部長や他の部員たちも集まって来る。
「ちょっと恥ずかしいんで、集まられると……」
はなえがグローブで顔面を隠していると、急に目の前が真っ暗になる。
「きゃっ」
「橋本さん、ハニワに興味あったやろ? 俺特製ハニワ、被っててええで」
段ボール紙の向こう側から聞こえる渡瀬部長の声に、はなえは「……ありがとうございます」と、お辞儀をする。ハニワが頭から落ちそうになるのを抑える。
「ええよええよ。可愛いで、橋本さん」
部長はそう言って、集まっていた生徒たちに声を掛ける。
「ほら、自分に被らせるハニワはあらへんで。次、グラウンド走るでー」
はなえは、ハニワの中で顔を赤くしていた。周りには、その顔が見えなかったように。部長が「かわいい」と発言した時の誠人の表情は、はなえには見えなかった。
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