第17話 あんな
「はなちゃん、次、視力検査やって」
健康診断に生徒たちが各々盛り上がる中、はなえは杏奈の言葉に頷く。
「なあなあ、はなちゃん、なんかあった?」
「え?」
「今日なんか元気ないなあ思て」
「ちょっとね」
「どしたん」
はなえは昨日の野球部での出来事を杏奈に話すべきか迷った。そもそも渡瀬部長のことが気になっていることすら杏奈には言っていないし、そこから説明するのが億劫に思われた。だが、次に杏奈から飛び出した言葉は予想外のものだった。
「……もしかして、渡瀬部長のこと?」
「え!?」
はなえは驚きで目を見開く。
「エスパー?」
「やっぱり」
「あ」
しまった、とはなえは口を抑える。杏奈は笑いながら小声で言う。
「はなちゃん、分かりやすいから、ちょっと前から知ってたし」
「ええぇ……」
「それでどしたん? 昨日部活でなんかあったん?」
「うんまあ……なんていうか、部長、彼女いるんだって」
「あーモテそうな人やもんなあ」
杏奈は、そう言ってからファイティングポーズをとる。
「でも、はなちゃんの恋は応援してるで」
「ありがとう。まあ不戦敗みたいな感じだけどね」
はなえが杏奈を見る。
「杏ちゃんは?」
「ん?」
「私ばっか恥ずかしいから。杏ちゃんの好きな人も教えて欲しい」
「えー?」
杏奈は、ゆるふわの茶髪を軽く撫でる。少し思案した後、「ええよ」と頷く。
「長谷川」
「長谷川くん?」
「そう、長谷川が好きやねん。中学ん時から」
はなえを真っ直ぐ見て、杏奈が言葉を続ける。
「うち、自分の名前嫌いやってん。みんなに『杏奈、あんな、次な、あんな~』ってようイジられてて。その時に長谷川が――」
『杏奈ってええ名前やけど、俺は片岡の方が好っきゃな。リフォームリフォーム、知らん? なあなあ、俺、片岡って呼んでもええ?』
「って言うてきて、それから誰かがうちをイジるたびに『なあなあ、片岡』って空気読まずに話しかけてくれて。気ぃついたら、言われんくなってた」
「へえ……長谷川くんらしいね」
「うち、みんなに『杏ちゃん』って呼んでってお願いしてるやろ?」
はなえと杏奈が初めて会話をした時、杏奈が『片岡なんて可愛ないから、杏ちゃんって呼んで』と言っていたのを、はなえは思い出していた。
「うちを『片岡』って呼んでええのは、長谷川だけやねん」
顔を赤くしてそう話す杏奈は可愛いなあ、とはなえは微笑ましく思ったが、同時に心地よくない感情も芽生えたような気がしていた。
だが、はなえにはその感情の名前はよく分からなかった。
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