第9話 知らんけど

「ただいま」


 はなえが帰宅すると、伯母が洗濯物を取り込んでいた。


「なにか手伝う?」

「おかえり、はなちゃん。ええのええの。学校どうやった?」

「うん」

「お友達でけた?」

「うん。できた」

「えっ」


 片岡杏奈の顔を思い浮かべながら、あてがわれた自室へ入り、はなえは私服に着替えた。喉が渇いたなとキッチンまで行くと、伯母がリビングから嬉しそうに声を掛けてくる。


「はなちゃん、お友達とお昼食べたりするん?」

「うん。今日食べた」

「そうなんや! 明日からお弁当作ろか?」

「えー?」

「はなちゃん、コンビニでええ言うからあれやったけど、お友達とお昼するんやったら伯母さん作るよ」

「うーん」


 はなえは冷蔵庫から麦茶の入ったガラスポットを取り出しながら考える。


「大丈夫、ありがとう」

「そーお?」

 伯母は口を尖らせながら言う。

「あとなんかあった? 学校」

「うーん。あ、学級委員になったよ」

「え! 学級委員!? すごいやん! あ、そういえば、みのりちゃんも高校の時学級委員やったよね。やっぱ姉妹は似るんかなあ」

「あー……うん、そうだね」


 はなえは、伯母から出てきた姉の名前に一瞬動きを止めた後、麦茶を一気に飲み干した。コップを軽く水洗いしてから、水切りカゴに置く。


「じゃあ、ちょっと部屋戻るね」


 逃げるように自室に戻って、はなえは明日の時間割を確認しながら今日のことを思い返していた。


 誠人が参加する形で、昼休みが終わるギリギリまで杏奈と3人で漫画の話をしていた。


『はしもっさんは、漫画好きなん?』

『好きだよ』

『バスケ漫画ってあれやろ。キャラクターの名前が色のやつやろ。知らんけど』

『少年漫画読まない?』

『いや、読む読む。めっちゃ熱いやんな。知らんけど』

『知らんけど?』


 誠人の言葉に、首を傾げるはなえを見て、沈黙していた杏奈が口を開いた。

『……ていうか長谷川は、バトルもんしか読んでへんのんちゃうん。知らんけど』

『片岡、ご明察~ぅ』

『……あほ』


 昼休みが終わって午後の授業になっても、はなえの頭にはあの言葉が巡っていた。


「知らんけど」


 明日の登校の準備を終えて、鞄を閉じる。


「みのりお姉ちゃん、そう言えば学級委員だったよね……知らんけど、ふふ」


 東京に置いてきたことも、なんだか軽く口にできる。『知らんけど』って魔法の言葉みたいだ、とはなえは一人で嬉しそうに頷いた。

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