第26話 リー視点
王の前で取り乱して危害を加えかねなかった罰として、謹慎処分を受けた。
辺境地は別の人間が代わりに派遣され、私はお役御免となった。
もうどうでもよかった。辺境地がどうなろうと、自分の立場がどうなろうと。
毎日何をするでもなく、イデヤの部屋でただ時間を過ごした。
栞が挟まっている本。スケッチブック。書きかけのレポート。
『新しい橋が完成』や『自然災害の高リスク地』など、街づくりに関係する記事を集めたスクラップブック。
私が贈った髪紐。一緒に出掛けた歌劇や美術展での半券やプログラム。
「イデヤ、寂しいよ」
イデヤが残した物に囲まれて、イデヤを思い出して。
すれ違ってからのイデヤは何を考えていたんだろうと知りたくなって。
「秘密を見つけちゃったらごめんね」
誰も聞いていない謝罪のあと、机の引き出しを開けた。
何通かの手紙。神殿騎士団で世話になった騎士と、折りに触れて手紙のやりとりをしていたようだ。
アカデミーの同級生からの茶会の招待状。
それに、食べかけのチョコレート。半分食べて、包み直していた。
「こんなとこに入れっぱなしにして。蟻が来たらどうするの」
スクラップブックを作ったり几帳面なところもあるのに、食べかけのチョコを引き出しに入れるだらしない面もある。
そんなイデヤが愛おしくて、また涙がこぼれそうになる。
さすがにチョコは元に戻せないな、と、手紙だけ引き出しに戻すとき。
その奥にあったもの。小さい箱を見つけた。
指輪?
軽くて小さい箱。
開けると、真新しい指輪があった。
水色の小さい石、花の彫刻。
おそるおそる内側の刻印を確かめると。
『一生そばにいて 私のリードゥレント』
嬉しさ、悲しさ、説明のできない衝撃に手が震える。
この指輪、いつ作ったのだろう。
どうして渡してくれなかったのだろう。
指輪は私の指にすっと嵌った。
聞きたいことはたくさんあったが、今になっては何一つとして聞けなかった。
半年ほど経ち、再度兄上から呼び出し状が届いた。
謹慎が解かれるという。
兄上の前で取り乱した件もあるが、イデヤが死んでもこの国に災いが起こる気配がなかったからだ。
私は『異世界からの使者』の話を信じてはいなかった。今は、どうだろう。兄上は未だ信じているようだった。
「使者はこの国を愛してくれたのだろう。だから死なせてしまっても、神は私たちを許してくれたのだ。
リー、お前もそろそろ執務に戻るといい」
表面上は落ち着きを取り戻した私に、兄上は仕事に戻るよう命令を下した。
正式には来週から戻ると伝え、私は神殿騎士団へ足を向けた。
最初イデヤを保護したのは神殿騎士団だ。
だから挨拶に出向かねばと思っていたが、謹慎を言い訳に足が遠のいていた。
神殿騎士団の責任者はイデヤの死に「これも運命でしょう」と、私を責めることはなかった。
運命。
出会ったことも運命。別れたことも。
イデヤと散歩した庭を歩く。
最初、出会った頃は。イデヤは緊張していた。
街に出たおみやげに水色の灯り石をくれた。
色のついた灯り石をおみやげにするなんて、異世界の人間は私たちと常識が違うなと驚いたものだ。
懐かしく思う。
ちょうど、この指輪に嵌められているような色の石だった。
目を細めて指輪を眺め、そしてその視線の向こうに映るもの。
花壇に咲き誇る花。
この指輪の彫刻、花のモチーフに意味はあったんだ。
私たちの出会いをイメージして、この花を選んだのか。
イデヤを想い、また涙が流れた。
足が遠のいていた場所がもう一か所。
アカデミーだ。
イデヤの私物を取りに来てほしいと連絡があったが、使用人に行かせるのも嫌で、でも自分で行くのもつらかった。
しかし、いつまでもアカデミーに置いておくわけにはいかない。
アカデミーを尋ねると、応接室に通された。
両手で抱えるほどの箱がふたつほどあり、その中にイデヤの私物が入っているという。
「殿下、わざわざお越しくださいまして…。
イデヤくんは残念でございました」
イデヤはこの応接室に入ったことがあっただろうか。
いや、違う。イデヤは研究室で過ごしたはずだ。
「教授、イデヤがいた研究室を見せてもらえませんか」
時間も遅かったので誰もいないかと思ったが、ひとりだけ学生が残っていた。
私が誰か知っているようで、すぐに立ち上がり頭を下げた。
「イデヤはどんなふうに過ごしていたのか、教えてほしい」
学生は寂し気に笑った。
イデヤを思い出してくれる人がいて、少しだけ救われた。
「殿下の伴侶という立場を一度も鼻にかけたことはなくて…人一倍熱心でした。
アカデミーを卒業したら役人になりたいと、人の役に立つ仕事に就きたいと言っていました」
「役人に?」
イデヤが将来のことを明確に考えてるとは知らなかった。
「はい。殿下の伴侶としてふさわしい人間になりたいと…。
すみません。亡くなる前日、早退をすすめるだけじゃなくて医者にかかるように言うべきでした」
「君のせいではない」
私の、私のせいだ。
私が素直でいれば。
辺境地などに行かず、イデヤの近くにいれば。
後悔が押し寄せ、溜め息を隠そうと手で口を覆う。
すると、学生が目をしばたかせた。
「その指輪、受け取ったんですね」
「これを知っているのか?」
「はい。私が紹介した工房で指輪を作っていました。
いつだったか…すごく落ち込んでる時期があって。ケンカでもしたのかと聞くと、そうじゃないって言って…。そのあと指輪の工房を紹介しました」
私の知ってる限り、イデヤの様子がおかしかったのは夜会のあと。
夜会のあとに作ったのか?
ぐるぐる、ぐるぐる。頭の中は疑問が渦巻く。
「でも、指輪ができたあと、イデヤはますます落ち込んでいたので。すみません、てっきり」
息が止まりそうだった。
イデヤは私に指輪を渡さなかった。渡せない理由があった。
私が冷たかったから?
指輪を作ったという工房を教えてもらい、そこでイデヤのことを聞く。
職人はイデヤのことをよく覚えていた。
「あんな必死な人、初めてだったので。そうですか、お亡くなりに…」
職人はイデヤの死を悼んでくれた。
イデヤは私の知らないところでも、人に好かれていたのだ。
「指輪ができた日、あの人、夜中に取りにきたんです。アカデミーで夜間まで演習だかなんだかあったって。
だったら次の日に取りに来ればいいのに、夜中に来たんですよ。よっぽど早く渡したかったんだなって」
「それは、いつ?」
職人は伝票をめくり始めた。
私は心の中で祈る。あの夜じゃありませんように。だけど。
娼婦を呼んで、鉢合わせしてしまった夜。
酷い言葉を投げつけた夜。
まさにその夜、イデヤは喜んで指輪を受け取っていたのだ。
イデヤからの愛を信じられず、心からの愛を伝えることもできず。
ごめん。
ごめんなさい、イデヤ。
きっと私を憎んでいただろう。
指輪を作るほど、私を愛してくれたのに。
騙し、裏切った。
イデヤにとっての私は、そういう人間だったのだ。
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