第25話 リー視点

「一年ほど、辺境地に派遣されることになった」


久しぶりに食卓を共にした朝、そう告げるとイデヤは寂しそうな表情を浮かべた。

私がいなくなって、寂しく思ってくれるのか。

私のことを、嫌いになっていないのか。



辺境地では意外とすんなり、忙しくはあったが問題は片付いていった。

王弟である私が睨みを利かせていることが功を奏しているようで、この地に来るだけでも価値があったなと嘆息を漏らした。


忙しない日々を送るなかでも、いつもイデヤのことを想っていた。

自分勝手な私は、イデヤに会えずに寂しかった。

あんなに避けてしまっていたのに。酷い言葉を放ったのに。

私が寂しいと言えば、イデヤは何と答えるだろう。

許してくれるだろうか。

好きだと言えば、何と答えるだろう。

「俺も」と微笑んでくれるだろうか。それとも「ごめん」と拒否するだろうか。


辺境地での任務が終われば、イデヤに全部聞いてみよう。

イデヤに会えなくて寂しかったが、心の中はだんだん整理されてきた。

難しいことを考えなくてもいい。

知りたいことを聞けばいい。伝えたいことを言えばいい。それだけなんだ。



そんな折だった。

王都の屋敷から手紙が届いたのは。


「イデヤが、死んだ?」


目で文字を追うが、頭に内容が入ってこない。

わなわなと手が震える。


風邪を引いたようで、その日は早く休んだが。

翌朝起きてこなかったので使用人が部屋に入ると、イデヤはすでに冷たくなっていた。


そんな話、誰が信じるものか。


取るものも取り敢えず、急いで王都に戻る。

辺境地から王都までは、通常だと馬車で一週間。

それをとにかく急がせ、五日ほどで王都の屋敷へ戻った。


馬車から飛び降りて玄関を乱暴に開ける。

身だしなみという点では最悪に近かった。着の身着のままで、どこぞの荒くれ者と言っても差し支えない姿と行動。

使用人が慌てて私の後をついてきたが、それを無視して足早にイデヤの部屋へ駆け込んだ。


「イデヤ!イデヤ!?」


大声を出して名前を呼ぶが、返事はない。

そこには誰もいなかった。

机の上はスケッチブックが置かれ、コートかけにはアカデミーの制服が掛かっていた。

いつもの部屋。私の知ってるイデヤの部屋だ。でも、イデヤはいない。


ずかずかと部屋に入り、衣裳部屋のドアを開ける。

そこにもイデヤはいない。

ただ、整然と服がかかっていた。仕立屋を呼んで私が作らせた服が。


「イデヤ様は、すでに埋葬されました」


背後で、使用人が何か、何か理解のできない言葉を発した。


イデヤが死んでから私の元へ手紙が届くまで一週間、それを読んでから私が王都に戻るまで五日。

その間に、ひっそりと葬式を執り行われ、墓に入れられてしまったというのだ。



身分が高い者が埋葬される墓地。

真新しい墓石に、イデヤの名前が刻まれていた。

こんな冷たい石の下に、イデヤがいると?そんなバカな。


「リードゥレント様、恐れ入りますが…。王からの呼び出し状が届いております」


兄上、そうか。なるほど。

私とイデヤがうまくいっていないことを知ったんだな。

だから、イデヤを他の誰かと改めて結婚させようと。


早速、兄上を問い詰めるために登城した。

常に意識していた余裕さも欠けた顔色の悪い私の姿を、すれ違う者は皆ギョッとした目で見ていた。

従兄が駆け寄ってくるのも見えたが、相手をする時間は無いので一直線に兄上の執務室へ向かった。


「兄上!」


挨拶もせずに執務室に入ると、兄上はぎろりと私を睨んだ。


「リードゥレント、お前には失望した。

『異世界からの使者』を死なせるとは」


兄上の怒りは、私には恐ろしくなかった。

その怒りは偽りだからだ。イデヤは死んでなどいないのだから。


「どこにイデヤを隠したのですか?」


「何を言っている?」


掴みかからん勢いで兄上と距離を詰める。


「イデヤはどこだ!返せ!私のイデヤを返してくれ!」


近衛騎士が兄上を守ろうと前に出て、私の後ろには従兄が回り羽交い絞めされた。

そのまま半ば引きずり出されるようにして退室させられ、磨かれた廊下に投げ出された私はそのまま崩れ落ちた。


「死んだんだよ、イデヤくんは」


「死んだ?そんなわけあるか。イデヤは、イデヤは…」


屋敷へ戻り、放心状態のままイデヤの部屋に入った。

死んだなんて。もうどこにもいないなんて。


ベッドに倒れ込む。

イデヤの匂いがした。


大声で泣き叫んでも、イデヤは私を慰めない。

イデヤは私をもう、抱きしめてはくれない。

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